目が覚めた俺はまず、ベッドの傍らにいた新羅を迷わず殴りつけた。

「っ、気分はどうだい?臨也」
「晴れやかだとでも思うのかな?」

避けなかったことは評価してやろう。当たり前だけど。
しかし俺の怒りは醒めやらない。
この俺が実験対象?
ふざけるな。
そんな俺の穏やかでない心中を察したらしく、新羅は素直に頭を下げた。

「すまなかったよ臨也。君に許可なく投与してしまったのは良くなかった。でも人体に危険はないし、」
「そういう問題じゃないんだけど」

俺が新羅の家に来たのは確か20時を過ぎていた。
怪我の処置をしてもらってそれから気を失った…となると今は一体何時だろうか。
他の部屋に気配がない辺り、この変態がご執心な妖精はまだ帰ってきていないとみれる。

「ちょっと脈を見るよ」
「………」

つい数分前に頭を下げたその顔で、カルテのようなものに嬉々として何かしらを書き出す新羅に俺は怒りを通り越して呆れを覚えた。
わかってはいたが、コイツ全く悪びれてねぇ…!

「……さて、新羅」
「うん?何かな」

にこりと笑うその頬をもう二発くらい殴ってもいいんじゃないんだろうかと俺は思案する。
しかしそうしたところで痛むのは俺の拳だし、―実はさっき殴った拳が存外痛かった。やっぱり俺に素手は向いてない―そこは堪えてベッドから起き上がると、腹立たしいその顔と向き合うことにした。

「詳しい実験内容を教えてもらおうか。で?恋だかなんだか知らないけど君自分がしたことの重大さをわかってる?」
「ああ勿論しっかりと人選に人選を重ねた上で選ばせてもらったからね。だいたいこれは君にとっても中々興味深い実験だと思うんだけどなぁ」

近くにあった丸椅子を手繰りよせ新羅が座る。

「興味深い?へぇどこが?」

ポケットに入れたままであったらしい携帯が震えたのがわかったがもはやそれはどうでもよい。
とにかく今はこの目の前でヘラヘラと笑うバカをどうにかしないと気が済まない。ひたすらそんな気分だった。

「だいたいね、俺のスッペクわかってる?この容姿だよ?間違いなく俺に惚れられた女の子は骨抜き。けれど3日後効果の切れた俺を前に彼女はどうなる?普段愛だの恋だのと口にしている人間がやることじゃないね。実に最低で実に最悪だ。よって今すぐこのくだらない実験をやめることをお奨めするよ。ねぇ新羅、今だったらまだ君のこと許してあげてもいいよ?」

一気に捲し立てつつも、なんら自分の身体に目立った変化のないことを確認し俺は密かに安堵する。
いくら人体に害はないらしいとはいえあの色は危険過ぎだ。
なんだあの忌々しいショッキングピンクは…!

「ごめんね臨也、残念ながら解毒剤はないんだ」
「…は?」

意味がわからなかった。
このバカ今なんて…今なんて言った?なんて言いやがった?

「要は3日経てば自然と効力は切れる仕組みでね。しかし君の口から他人を思いやるような言葉が聞けるとは驚きだなぁ」

あえて言おう。俺は渦中にいるより高見の見物をしていたいタイプなのだ。
なのに?俺が?
解毒剤がない?
ポケットで依然として携帯は震え続けているが、今ならどこぞの化物よろしく折ってしまえる気さえする。

「………ははっ、俺君の人生めちゃくちゃにしてやってもいいかな?」

そうして俺の口をついて出たのは情けないかな、精一杯の虚勢だった。
気を失ったのは投与された液体の効果に違いなかったし、それほどまでに強いものとなれば何かしら副作用を伴う筈。
よしもう一発殴って後日新調したナイフで滅多刺しにしてやろう。それでいこう。
そんな不穏な空気を察知したらしい新羅は立ち上がろうとした俺の肩を慌てて掴んだ。

「まぁまぁ落ち着いて。それとさっき臨也が言っていたことに関してなんだけど、僕だって恋する人間のひとりとして罪のない女の子が傷ついてしまうだなんて許せないからね。だから勿論その辺りを吟味した結果、君の相手についても最高の人選をさせてもらったよ!」
「………へぇ」

どうあっても抗えないらしいその状況に俺は項垂れた。
とりあえず俺はこれから3日間ピエロになるのかそうなのか。

「で、だ。惚れ薬とは言っても少々語弊があってね。いくら科学の力が進歩しているとはいえ、人の感情を操作するのは些か難しい領域だ。ではどうすることによってこれが惚れ薬と呼ぶに相応しい効力を持っているか、わかるかい?」

尚も項垂れ続ける俺に構わず新羅はそれはそれは楽しそうに言葉を続ける。

「……さっぱりだよ」

もはやまともに答える気さえしなかった。
どこの馬の骨とも知らない女に求愛する自分を想像し、俺はただただ頭を横に振る。
…ないない。それはない。画的にない。絶対にない。
考えただけで虫酸が走る。

「つまりね、あの薬は被験者に投与することによって、ある特定の人物について会うと反射的に愛の言葉を囁き、また目にするだけで心拍数が上がるといった、あたかもその人物に惚れているような錯覚に陥いらせてしまうのさ!どうだい?すごいだろ?」

俺は奴の今日1番の笑顔を見た気がした。
いやしかし…それってことは。
ふと気付いた打開策に、ここへ来て初めて俺は頬を緩ませた。

「ねぇ新羅、君は実験を行う上で、たった今過ちを犯してしまったね」
「何がだい?」

効力は3日。
そして3日経てば自然となくなるその効力。
だとすれば――

「つまり被験者である俺はその特定の人物とやらに会いさえしなければなんらいつもと変わらず過ごせるってことだ。わかるかい新羅、つまり答えは簡単だ。俺は今日から3日間を誰にも会わずに過ごせばいい。違うかな?ははっ!残念君の実験は失敗だ!」

それはもう実に愉快だった。
ああくだらない!
無駄に落ち込んで損したよ、と続けようとする俺は全くなんら焦る様子もない新羅に瞬時に違和感を覚えた。
嫌な、予感がする。

「……それはどうかな臨也」

やけにゆったりとした動作で新羅は己のする腕時計へと目を向けた。

「今の時刻は22時13分…君が気を失っていた時間はおよそ42分。ちなみに投与時間は21時26分。効力が切れるのはつまり3日後の21時26分。ではこれより、実験を開始させて頂くよ」
「ハァ?ちょっと新羅、俺の話聞いてた?」

柄にもなく慌てる俺に新羅はしっかりと目を合わせ、そしてゆっくりと口を開いた。

「平和島静雄」
「ッ!」


ド ク ン


途端に一気に動悸がするのを感じる。
なんだこれは
なんだこれは
なんだこれは

「うわぁ!効果覿面だね!」

嬉しそうに手を叩く新羅を睨み付け、俺は最悪の事実を自ら自覚することとなる。

「新羅…お前…まさか…」

経験したことのな胸の苦しみにも似た、覚えのない切なさとわけのわからない胸の動悸に俺は思わず蹲った。
顔が熱い。
胸がドキドキする。
これは…もしかしなくとも…――――

「そう、君の恋のお相手は、君が日頃憎んで止まない静雄くんさ!どうだい?そんなのまるで嘘みたいだろう?」
「はは…新羅、いくらなんでもこれは悪趣味じゃないかな…」

どうしたことか、今の俺は目の前にいるわけでもないシズちゃんの、その名前を聞いただけで心拍数が上がるようだ。
これはまずい。非常にまずい。

「つまりね臨也、何も薬の発動条件は静雄くんの姿だけじゃない、名前だって立派な条件ってわけさ。そして今君は彼を『意識』してしまった。わかるね?恋愛でいう『自覚』ってとこかな」
「……なるほど」

俺今確かに新羅に怒りを感じている筈だ。猛烈に。
しかしどういうわけか俺の頭はそんな怒りも吹き飛ばすように、シズちゃんで埋め尽くされ始めている。

会いたい。
一目でも見たい。

自分で思いながらも鳥肌モノのその感情に頭がパンクしそうになる。

違う!会いたくなどない!死ね!違う!シズちゃん、君に―――――

気付くと俺は部屋を飛び出し走り出していた。
もちろんそんな俺に腹を抱えて笑う新羅がいたことなど知る由もない。

「本当、怖いくらいに効果覿面だね」

そして俺にとっての最低最悪な3日間は幕を開けたのだった。








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