恋乙女2 | ナノ
いつだったか、その何とも形容し難い黄金の眼を視界に捉えた時。
あの時から、きっと多分恋に落ちていた。



恋せよ、青年!



「遅い」
「…ごめん。」

しょぼん、と効果音が付いてきそうな勢いで目の前の頭が垂れた。
ふん、と癖で出てしまう、何の事は無いため息も、彼女を誤解させているような気がした。即ち悟空の。

「別に怒っちゃいねぇよ」

どうにも悟空は自分を怖がってる節がある。きちんと尋ねた訳ではないが、三蔵に対する悟空の行動、その一つ一つがひどく緊張しているような気がする。
しかし。

「良かったー。」

怖がる、緊張するなどばかりではなく、にっこりと笑いかけてくれもする。
正直、可愛いと思う。
その笑顔に癒されている自分に気付いて、三蔵はコホン、と咳払いして誤魔化した。

「悟空、お前もう少しスカート長くしろっつっただろ。変わってねぇじゃねぇか。」
「変わったよ、三蔵が気付かないだけで」
「そうか?」
「そーだよ」

また痴漢になんか遭ったらたまらない、そんな事をブツブツ呟く悟空の横で三蔵は腑が煮え繰り返る思いをしながら痴漢の件を思い出していた。

以前から同じ駅を使っていた、桃の花学園の生徒。金色の目とサラサラした茶色のストレートの髪。すらりと伸びた手足。
思えば一目惚れだったような気がする。だが、声を掛ける訳でもなく、一緒に乗り合わせる数駅分の時間、彼女を見つめる事しかしなかった。
ある日、いつもの時間に彼女が来ていないことに気付いた。ちょうどその日は一限目から体育というなんともやる気の出ない教科だったので、彼女が来るまで駅で待っている事にした。
暫くすると彼女は走ってきた。手に下げているのはコンビニの袋。そういえば今日はバレンタインだったか。気付いた瞬間にサッと心が冷える。
ーー誰かにあげるのだろうか。

そういえば、彼女のことは何も知らない。何歳なのか、名前は何なのか。いつも見ているだけ、言葉を交わしたことすらない。
見つめているだけで想いが伝わる筈がない。
もし彼氏がいるとしたら、正直ちょっと立ち直れないかもしれない。それほど彼女に魅せられている。三蔵は深いため息をついた。

声を掛けてみようか。
思いを巡らせながら、電車に乗り込んだ彼女の後を追った。サラリと風になびく髪が目に滲む。
車内は混雑していた。三蔵は内心舌打ちする。そういえば一番混む時間帯だった。
中年男性の向こう、彼女の茶色の髪が見える。失敗した。今日は諦めよう。
みっちりと詰まった人を満載して電車はゆっくりと動き出す。
接触嫌悪気味の三蔵は、隣との間隔を保つ為につり革に捕まった。
電車が揺れて他人に捕まるなんて死んでも御免だ。
早く駅に着いてくれ。半ば祈るようにしていると、目の前の中年の動きが目に入った。
…何をしているんだ、こいつは。
何だかモゾモゾと体をしきりに揺らしている。チラチラと周りを伺いながら。そしてその向こう、彼女は逃げるように体をよじらせていた。

…まさか。
幸い三蔵の背の高さから、中年男性の手元をうかがい知ることができた。と、同時にカッと頭に血が上った。
あろうことか彼女のスカートの中に手を滑り込まそうとしている瞬間だった。彼女の小さな背が震えている。瞬間、三蔵は痴漢の手を捩り上げていた。

ちょうど駅に到着し、痴漢を突き出してやるつもりだったが、隙を突かれて逃げられてしまった。
彼女は大声で叫んでいたが、三蔵は三蔵で、中年の背格好を記憶していた。次に会ったらそれなりの制裁を加えてやる。そう思いながら。
そして、彼女ーー悟空の名前を聞くことができた。
そこからは絶好のチャンスとばかりに、悟空と付き合う約束まで取り付けた。しかもチョコレートまで入手することができた。その日は一日機嫌がいい事を見抜かれた八戒から生徒会の仕事を押し付けられて面倒だった。


「なぁ三蔵、聞いてる?」
ムッとしたような悟空の顔が覗き込んできた。
己の思考にはまり込んでいた三蔵は、それでも顔色一つ変えずに悟空へと向き直った。顔に色々出ないところは自分の長所だと思っている。
「…ああ」
「絶対ウソだね、聞いてないだろー?もう。」
「何だ?」
「うちのクラスの女子で、三蔵と会って話したいって子がいるんだよ。俺、三蔵と知り合いになったって言ったらすっげー頼まれてさ。会ってくれねー?」

ニコニコと笑う悟空の顔を見ながら、三蔵は急速に冷えていくのを感じた。
悟空は自分の事を本当にただの友達だと思っている。何度かそういう意思を持って態度に表してみても、悟空は何も気付かなかった。
悟空自身も色恋にあまり興味がないような事を口にしていた気がする。
だから、三蔵も自分を止めることができなかった。

「断る」

だから、つい声色が硬くなったことも、不機嫌になったことも、三蔵は隠すことができなかった。
気付かないならば、奪ってしまえばいい。そうも思った。
だから、不思議そうにこちらを見つめる蜂蜜色の目を見つめ返した。
憮然と距離を詰める。尚も動かない悟空の顎を苛々した気持ちのまま左手で掴み上げ。

「いい加減気付け。この鈍感猿」

そう呟くと、その桜色の唇に己の唇を重ねた。
悟空は、あまりに突然の蛮行に目を閉じることすら忘れたらしい。至近距離で見るその黄金に、合わされた唇に。酔いしれてしまいそうだった。
そっと離れたときには、悟空の目の焦点は合っていなかった。

「ーーーー悟空、」

出来るだけ声を抑えて悟空へと呼び掛けた。ついでに左手を顎から肩へと滑り落としてポンポンとたたく。と、悟空は自分を取り戻したのであろう、ハッと震えると、三蔵をじっと見上げた。

「…わあぁー!!痴漢ー!!」
「ッ!てめぇ、何言ってやがる!?」
「だって勝手にキスするなんか痴漢じゃんかぁー!!」
「違う!お前が好きだっつってんだろーが!」
「ええええー!!?」
「うるせぇ黙れ!」
「ひどっ…絶対ウソだろ」
「ウソなんか言うか、ふざけたこと言ってやがると殴るぞ」
「えー…」

なんだか違う。悟空と三蔵の思考は、このときばかりは完全一致した。
曲がりなりにも三蔵と悟空はキスをしたのだし、その上三蔵からはドサクサに紛れたとはいえ告白もあった。もっと甘い雰囲気になってもおかしくない。なのに。

「甘くねぇ…」

悟空はぽつりと呟いた。それを聞いた三蔵は、何を勘違いしたのか、三蔵自身の唇が甘くないと捉えたようで。

「お前みたいに甘いもんばっかり摂ってねぇんだよ」

それから、ポケットから取り出した真っ白のマシュマロが入った小包を差し出した。
目を丸くする悟空の手を掴むと、その小包を乗せる。なんだか信じられなくて、悟空はその包みをじっと見つめた。

「この前の礼だ。やる。それから」

降ってくる三蔵の言葉に頭を上げる。優しい紫色がそこにはあった。

「俺と付き合え。」

真摯に見つめられる。瞬間、悟空は自分の心臓が常にない鼓動を刻み出したのを感じた。頬が熱い。
今の今まで、三蔵のことを見ても何とも思わなかったのに、全く違う。
恥ずかしくて嬉しくて泣きそうな、この気持ちはなんだろうか。同じく高鳴るこの胸はどうしてしまったのだろうか。
三蔵ならば正体を知っているかもしれない。
だから。

「いーよ。優しくしてくれるなら」

そう告げて、悟空は三蔵の胸へと飛び込んだ。顔をうずめたその胸は悟空と同じくドキドキと鼓動を刻んでいて、なんだかすごく愛しく思った。




end


2014年ホワイトデー。

ここまできたら初エッチも書くべきか…


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