カフェ | ナノ
隣に住んでる幼馴染は甘いものに目がない。そこに文字通り目をつけて、三蔵は甘いものを作るようになった。
どんなに怒っていてもどんなに泣いていても、甘いものを差し出せば彼はその黄金の目を輝かせて喜んだ。
その蜂蜜のような目に心が動いたのはいつからだろうか。
柔らかい頬を触りたい。桜の色の唇に触れたいと、そう思った自分を無理やり押し込めて、ひたすら泡立て器をボウルに叩きつけることが増えた。
そんな三蔵が18、悟空が13の頃のお話。

「おかえりー!!」
「おかえりじゃねぇ、ただいまだ。何で挨拶ぐらいまともにできねぇんだ猿頭」

うっすらと雪を積もらせた茶色の髪を揺らしながら、マフラーを巻いたままの悟空がドタドタとリビングに入ってきた。
すかさず三蔵が咎める。口では挨拶を、目では「それ以上雪を中に連れて入るな」と訴える。

「違うよ、三蔵が帰ってたのが分かったから先に三蔵に挨拶したの!ただいま三蔵。」

鼻先が赤い。にっこりと笑った悟空のそんなところばかり気になるのもなんだか馬鹿馬鹿しく、三蔵は何も答えずふい、と横を向いた。
そんなことは気にもとめず、悟空は早々とタオルで髪を拭く。ついでに濡れた上着も取り去って、トレーナーに腕を通した。

「また勉強ー?」
「またじゃねぇ。今が総仕上げだ。」
「ふーん…なぁ、三蔵って大学行くんだろ?」
「…おい、手を洗え。ケーキ焼いてある」
「やったー!今日は何?」
「アプフェルクーヘン」
「何それ?」
「リンゴのケーキ。」

やった!といいながら悟空は洗面所に向かう。ここが三蔵の家であることを忘れそうな行動だが、ほぼ兄弟として過ごしてきた三蔵と悟空には勝手知ったるの言葉がまさに当てはまった。
そうこうしているうちにも、手を洗い終わった悟空は、キッチンにあるケーキを3割ほど切り取って皿に盛ってやって来た。
もともと悟空のために焼いているケーキだ。もう少し食べると思っていたのに意外。ちらりと皿に目を遣ると、それに気付いたのか、大きなフォークでケーキを指すと徐にそれを三蔵へと差し出した。

「勉強のときは甘いものに限るよなー。はいアーン」
「…お前が食え。俺はもう食った」

ここでアーンなんて出来る訳ない。
悟空のフォーク攻撃を躱すと、三蔵は目の前の問題集に目線を落とした。
リビングには三蔵のペンの音と悟空のフォークの動かす音だけが響く。
黙々とケーキを消費しながら、悟空はこっそりと三蔵を見た。
長い睫毛の下の紫の目が問題集を捉えている。

「三蔵って大学行くんだろ?」
「さっきも聞いただろ。」
「うん…」

ガチャ、と大きな音を立ててフォークが置かれた。ケーキはもう無い。全部悟空の腹に納まったようだ。

「でもさ、そしたら…俺のおやつ、誰が作るの?」

三蔵が顔を上げると、大きな目に涙を溜めた悟空がじっと三蔵を見つめていた。正直脱力しながら三蔵はペンを置いた。

「何で泣いてる。そんなにおやつが心配か」
「ちが…三蔵がいなくなるのが、さみしい…」

ぽろり、悟空の目からついに涙が零れた。丸い露は悟空の円やかな頬を伝っていく。それをどこかぼんやりと眺めながら、三蔵は胸に今迄にない感情が湧き上がるのを感じた。
この歓喜にも似た、なにかモヤモヤとした気持ちは何だろう。
いつからか感じた、悟空に触りたい気持ちと酷似している。
悟空の目を真っ直ぐに見つめると、焦がれていた唇がぐっと結ばれるように動いた。

「…悟空、」
「さんぞう。」

ほとんど意識せずに右手が動いた。
親指で涙を拭ってやる。同じく意識せずについて出た言葉は、同じく悟空も意識しなかったんだろう、しかし緩やかな甘さを含んだその言葉は、自分の名前であって自分の名前ではないような響きで三蔵の中に浸透した。
途端に何も聞こえなくなる。
今迄ついていたテレビも、窓を揺らす風も全て聞こえなくなった。
全神経が相手の一つ一つの動作を逃さぬよう、そちらに機能し始めたようだった。
悟空の頬に添えた手をゆっくりと下へ。親指を顎へ添えると、少し唇を開かせた。

「さん、ぞ」

湧き出た言葉を受け取るように、そこへ己の唇を合わせた。
瞬間、悟空の目は見開かれ、体が硬直したのが分かった。ただ、分かったところで止められなかった。
数秒、あるいは数十秒そうして触れて、ゆっくりと体を離したときには、悟空はまだ硬直状態から抜け出せなかった。
対して三蔵は、なにかとんでもないことをしてしまったのではないかと、いつになく混乱していた。体が動いてしまった。悟空の言葉に理性が吹き飛んでしまった。
その上あろうことかまだ13歳の、しかも男の幼馴染にキス、なんてものをしてしまった。

「…、大丈夫か」
「うん。だいじょぶ」

とりあえずは。
そんな風に言われるとこちらとしても何とも言えない。

「…俺は正確には大学には行かない。専門学校っつー学校に行くことにしてる。ここから通える距離だ。だから家から出ない。これからはバイトするが、今迄通りおやつは作れるし離れることはない。だから心配すんな」
「そっか…」

一気にまくし立てて始めて、悟空の顔をちらりと見ると、意外にも悟空は真っ直ぐに三蔵を見ていた。
そして、三蔵の言葉に安心したのだろう、ふわりと柔らかく笑っていた。
怒っても泣いてもいなかった。ただ嬉しいと笑っていた。
だから、三蔵の胸も穏やかではいられなかった。唇を重ねたことで、今迄モヤモヤしていた気持ちが固まって形が見えてきた。
即ちこれは、恋というやつなのかもしれない。

「それで三蔵、何でクチで触ったんだ?」
「……ッ」
「なぁ何で?」
「うるせぇ、まだケーキ残ってんだろ、さっさと平らげろ。」

照れ隠しに叫ぶと悟空は分からない、という表情を浮かべながらキッチンへと消えた。
まだ大分早かった。三蔵は頭を抱えながら、胸に宿った想いを告げるのはいつになる事かと、独り長期戦を覚悟した。


end


2014年バレンタイン。
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