キャットウォーク | ナノ



丸い丸い満月の日。
こんな夜はいつもより明るい。
足元が照らされて歩きやすいのか、カツカツ足音を立てて家路へと急ぐ若者が一人。
そしてそれを見下ろす真っ黒いしなやかな猫が一匹。

"幸せの匂いがする。"

若者の名前は三蔵といった。所謂サラリーマンである。
彼はイライラしていた。仕事で些細なミスを侵してしまったのだ。
足早に近所のスーパーへと立ち寄る。購入するものは三蔵のストレスを軽減させるもの。
彼は料理が趣味だった。ただ誰にも明かした事はない。独りで作り、独りで消費する。それが彼のストレス発散だった。
何点か買い込むと、それを手に一目散に家に帰った。
前回はケーキを焼いて後処理に大分苦労した。基本的に食べる事があまり好きではない。料理する過程が好きなのだ。計量をし、決まった時間に決まったものをいれる。料理は科学だと思う。
思いあぐねて、今回は消費が簡単なクッキーを作る事にした。
キッチンに入ると、壁掛けにしているCDの電源を入れた。いい音楽も、料理には欠かせないと思っている。
まず、小麦粉を篩にかける。柔らかくしたバターに砂糖を加え、混ぜ、少しずつ卵を加える。それに先程の小麦粉を混ぜ、伸ばしてラップでくるむ。30分ほど冷蔵庫で寝かせたら、それを形成しオーブンで焼けば完成だ。
香ばしいいい匂いが辺りを包む。
三蔵は時折焼け具合を見ながら読書をしていた。ストレスが体から抜けていくのを感じる。
コーヒーを飲み終わった所で、玄関のチャイムが鳴った。
荷物でも届いたかと玄関へ赴く。
ドアを開けると、金色の目をした少年が立っていた。黒衣が風にフワリと揺れる。茶色い癖のある髪の毛も続いて揺れた。
不思議な金色の双眸に一瞬言葉がつまる。それを見越してか、少年は口を開いた。

「いいにおーい、クッキーかなぁ?」

黒い猫を思わせる服を纏った少年からは、同じような黒い長い尻尾が見える。
気付かない振りをして、三蔵は答えた。

「…食いたいのか?」
「うん!」
「名前は?」
「悟空」

悟空。無意識に名前を反芻すると悟空は笑った。屈託のない透明な笑顔だった。

「あんたのクッキー、幸せの匂いがするな。」

丸い丸い満月の夜の、ちょっと不思議な幸せなお話。
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