珈琲 | ナノ
チリン、とドアにかけてある鈴が小さく鳴る。
重圧のある古い扉を開けると珈琲の良い匂いが漂ってきた。
カウンターに4席、向かい合ったテーブルが2席だけの決して広くない、寧ろ狭いといったほうがいい店。
三蔵はこの店を気に入っていた。店の雰囲気もさることながら、ここの店の珈琲は本当に美味い。週に5日はこの店の珈琲を飲んでいる。
いつもの足取りで店に入ると、普段とは違った明るい声が三蔵へと投げかけられた。
「いらっしゃいませ。一名様ですか?」
弾むような声の主に視線を投げかければ、輝く金色の目とかち合う。
柔らかな茶色の髪をアップで纏めた彼女は、三蔵へとにっこり笑いかけた。
「ああ、」
「ではこちら――」
「ああ悟空、その方はこちらの席ですよ。いらっしゃい、三蔵。」
他の席へと誘おうとした彼女の声をカウンターの向こうの男がゆったりと遮った。この店の店長、三蔵の知り合いでもあるその男は八戒といった。緑の目を細めて穏やかに三蔵へと挨拶をする。
頷くことで挨拶を返すと、三蔵は八戒の前の席へ腰を落とす。
磨き上げられたテーブルの上に、先程悟空と呼ばれた女が水とお絞りを置いた。
グラスを置く手首、綺麗な手を辿って三蔵は見上げる。

視線に気付いた悟空はにっこり笑って会釈をすると、盆を胸に厨房へと消えていった。

「かわいいでしょう。彼女、今日からなんですよ。」

ゆったりとした口調なのにどこかからかったふうで八戒が告げた。
それに答えるでもなく、三蔵はグラスを口に持っていく。
確かにかわいい。一瞬とはいえ自分は見とれていた。
それを八戒は見逃さなかったのだ。
―――目敏い。
正確にいうと三蔵が女性に見とれることが珍しいだけなのだが。
「今日は夕方から雨が降るそうですよ」
「そうか」
「ここのところ雨ばかりですね。せっかく晴れたと思ったのにまた雨だと思うと気が滅入りますよ」
「そうだな」
ポケットから煙草を取り出すと一本くわえて火を着ける。
同じタイミングでカウンターの向こうから八戒が灰皿を渡した。

「今日は人が少ないな」
「ええ、夕方から雨でしょう?そういう日ってお客さん少なくなっちゃうんですよね。せっかく悟空が手伝いに来てくれたのに」
「…」
「おや、気になりますか?悟空のこと」
緑の目が眼鏡の奥で細められる。
三蔵は誤魔化すように煙草の煙を吐いたが、それは八戒には肯定に見えたようだ。
程なくして珈琲のカップを盆に乗せた悟空が三蔵の席へとやってきた。

「どうぞ」
悟空は柔らかな仕草で珈琲を三蔵の前へと置いた。
その細い手首には同じように細いブレスレットが光っている。
軽く会釈をして、悟空は他のテーブルへと給仕をしに行った。

それから約1時間、三蔵は珈琲を堪能した。


「あ、降ってきちゃいましたね」
いつものようにカウンターに500円玉を置くと、八戒がテーブル席の横にある窓へと目を向けた。
まさに今雨が振り出したようで、時折走って雨を避けようとする人々が窓から見える。
しまった、傘は持ってきていない。

「三蔵、傘持ってきました?」
「いや、ない」
「しょうがないですね…これ今日止まないらしいですから店の傘貸してあげますよ。」
「…悪いな、借りていく。」
そう告げた瞬間、確信犯の笑いで八戒は続ける。

「あ、ついでと言ってはなんですけど悟空と一緒に駅まで帰ってあげてくださいね。悟空、今日はこれで上がってください。三蔵が送ってくれるそうです」

にっこりと笑う八戒に、三蔵は言葉が返せなかった。






ネスカフェのCMが元ネタです。アレ?何故か八戒が暗躍しまくってる(笑)
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