雪兎3 | ナノ
時は遥か昔、京の都。
今日は朝から静かな雨が降っていた。
茶屋の老舗としてその名を轟かせるこの家では、京では珍しい見事な金糸を持つ当主が切り盛りしていた。
口数が大変少ないその当主は、それでも持ち前の美貌故、大変な人気を博しており。
奉公の茶色の髪の若い娘を娶ると言い出した際には、京中の女性が悲鳴を上げた。
当の2人は、他人なぞどこ吹く風。
ささやかな祝言を2人だけで上げ、夫婦寄り添い慎ましい生活を送っていた。
去年の夏、彼女のお腹に小さな生命が宿り。
数ヶ月を経て、家族が1人増えた。
そうして今に至る。
若女将は、当主を探していた。
あやしてあやしてやっと寝入った可愛い我が子。その数時間の静かな時を当主と過ごそうと。
「三蔵はん?」
「……」
人差し指を自らの口唇に押し当てた金髪の当主は、そのまま若女将へと視線を移した。
次いで、彼女も口元を押さえ
(ここに、おらはったんか)
幾分かホッとしたように、座り込む当主の横へ静かに腰を下ろした。
口唇へと押し当てられた手とは反対の手は、小さな手のひらへと添えられている。
柔らかく息づく、我が子。
眠り続けるその子の布団の傍へ、当主は座っていた。
「いつ眠ったんか?」
「…、さっき やっと。散々泣き続けて。」
幾分か声を落として当主が訪ねれば、若女将は苦笑気味に告げた。
それに眼だけで答えると、当主の手が子供のうっすら金色の頭へと移る。
指先へかかる柔らかな髪を、ゆったりと梳かして。
「お前の子やから、五月蝿いのも当然やな」
「む、三蔵はん。ヒドい。」
「事実や。」
「じゃあ、あれやな。おっぱいが好きなんは三蔵はん似や。」
ふふん、とからかうように金晴色の眼が細められれば、当主は少しだけ赤く染められた頬をふいっと逸らした。
「五月蝿い」
「事実や。」
そうしてゆったりと当主の肩に凭れ、その金晴色の眼を閉じた。
「三蔵はん似やな、髪も。眼ぇも。」
「…せやな」
「可愛い。」
「…、お前に似た方が、もっと可愛い。」
苦笑気味に当主が答えれば、クスクスと押し殺したような笑い声が肩口から漏れ。
「珍しい。三蔵はんの口からそないな言葉が出るなんて」
それだけ告げて、更に赤みの増した頬へと口付けを贈った。



end
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