雪兎12 | ナノ
時は遥か昔。
所は京。
古くからお茶の名店としてその名を馳せている老舗。

若き金髪の当主の愛妻、金晴眼の若女将は、庭先に独り佇んでいた。
京には昨夜から雪が振り積もっている。
恐らく今年最後であろうその雪を、彼女は少しずつ集めて固めている。


「何してるんや、はよ中入りい」
愛妻の姿が見えなくなった事に気付いた当主は、漸く見つけた彼女の姿に安堵し、軒下から少し心配そうに彼女に声を掛けた。
振り向きもせず、彼女が告げる。

「もう少しやから…」

赤くなった指先から作り出されるそれは、雪兎。
小さく形作ったそれに、近くにある赤い実と葉っぱを乗せれば、可愛らしい二羽の兎が完成した。

「何作ったんや?」
「雪兎…うちと、あんたはんですわ。可愛らしいでしょう?」

漸く振り向いた彼女は、寒さで鼻先まで赤く染まっている。
それに密かに溜め息をついた当主は、仕方なく庭に降り立ってその小さな手を自分の掌で包み込んだ。

「冷えとるやないか」

「…夢中で、作ってしもたから…」

「もうお前一人の体やないんや、あないな所に座ってたら、お腹の子にも悪いやろ」

「…堪忍して下さい…」

しゅん、と頭を垂れる彼女に、当主は困ったように苦笑し…
「馬鹿、心配なんや」
と抱き締めた。
恐る恐る彼の背中に腕を回し、密かに笑う彼女。
「雪も、これで最後やな…」
「…そやから、作りたかったんです」
「あんまり無理ばっかりしてると、ほんまに体に障るで」
「はぁい」
本当に心配だ、と言わんばかりの当主の口調に、彼女の口端も思わず上がる。
抱き合う二人を見つめるのは、寄り添う二羽の雪兎。









雪も溶け、京には遅い春が訪れた。
柔らかくなる風、気温。
全ては息吹き、山々は青く萌え始める。
風には微かな華の香りが乗っている。
此処、古の京の都にもそんな春の陽気が降り注いでいた。



「えぇ天気やなぁ」
庭で手拭いを干す、若妻の姿。
柔らかな大地色の髪は結い上げられ、少しの遅れ毛が春風に靡いている。
そんな若妻を縁側で見やる金髪の当主の顔は、すこぶる良くない。

「…あんまり無理するんやない。」
「…大丈夫ですって、お医者様もうちならって言うてはりますし。」

へへっと笑顔を向ければ、当主はこれでもかと言わんばかりの溜め息を零した。
「ねーぇ、三蔵はんはどっちやと思います?」

ててっと当主へと駆け寄る若妻。
何がや、とその紫色の眼を向ければ、眩い金晴眼と宙で交わった。

「子供。男の子か、女の子か。」

ああ、と軽く頷くと、若妻はさも嬉しそうに笑った。

「うちはなぁ、女の子やと思います。三蔵はん似の可愛い女の子。」

もうすぐ臨月のお腹をさすりながら、若妻は当主を見上げた。
むうっと顔をしかめた当主は、すっと屈んで若妻のお腹を触る。
そしてニヤリと意味ありげに笑い、短く告げた。


「俺は、お前似の男の子やと思う。こないに腹蹴るような子、お前似に決まってるわ」
「…そうですやろか?うちは女の子がえぇなあ。」

ぷうっと口を膨らまし、若妻はそっぽを向く。
それに少しばかり苦笑し、当主は彼女の頭を撫でた。

「ええやないか。どっちやろうが俺らの子供や」
「…せやね。……ふふ、楽しみやわ。」

ふっと柔らかく笑い、そっと当主に凭れ掛かる。
若妻の背にそっと自分の打ち掛けを掛け、当主はゆっくりと抱き締めた。
寄り添う二人に、何処からか桜が舞い落ちる。

「早く逢いたいなぁ…」

何処からか、鶯の声も聞こえてきた。

「…ああ、そうやな」

春風に二人、まだ見ぬ子供を思いながら。
見上げた空はどこまでも青かった。


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -