この感情を | ナノ
まただ。
突如全身に悪寒が走る。
柄にもなく両手を交差して両腕を何度か乱雑に擦った。
暫くそうして、悪寒が去るまで三蔵は息を詰めてただ待った。
じわりと湧いた脂汗に不快感が一層増す。
今日は一人部屋が取れて良かったと三蔵は思う。
他の3人と一緒ならばそれぞれ違う反応を見せただろう。
自称保父は笑顔で「おや三蔵、風邪ですか?リーダーなんですからこの際お酒や煙草は控えましょう。こういうこともあろうかと電子タバコを買ってきました」とくることだろう。目に浮かぶ。
対して保父の相方、赤髪ゴキブリは「三蔵様、風邪―!?もう吐くのは勘弁してくれよ」と、くることだろう。こちらも容易く目に浮かぶ。まぁそんなことをのたまったら銃殺決定なのだが。
最後に悟空だ。
あの大きな金色の目を歪めて「三蔵風邪か?大丈夫か?」とまとわりつくことだろう。
彼を心配させるのは心底御免被りたい。
改めて一人部屋で良かったと思った。
一体この悪寒は何なのか。
汗でべたつくアンダーを脱ぎ散らかしながら三蔵は考える。
中指のリングまで汗で滑って外しにくい。
――――イライラする。
やっと外れたリングを片手に、このどうしようもない苛立ちをどこにぶつけてやろうと考え、ふと、リングの内側に付いた赤黒い何かに気付いた。
「…何だ?」
リングを高く掲げて覗く。指先でカリカリ引っ掻くと、その赤黒いものは粉状になった。
「…?」
砂鉄のようなそれを指先に取り、匂いを嗅ぐとフラッシュバックに襲われたように体中から汗が吹き出した。
―――――血の匂い。
流れ出た血と、破れたマントと、生気を失った顔。
あの忌まわしい時の記憶が蘇る。
何故か堪らなくなって、三蔵は縺れそうになる足を叱咤しながら部屋の外へ出た。
右側、すぐ隣の部屋が悟空の部屋だった筈だ。
古びたベニヤの板を張りつけてある扉をドンドンと躊躇なく叩く。
もう寝ているかも知れない。三蔵の頭の隅の冷静な部分がそう告げているが、浮かされたようにドアを叩きまくった。
予想に反して中からはバタバタ走ってくる音がした。
「誰だよ」
「俺だ。開けろ。」
「三蔵?」
声を聞いただけで幾分落ち着いてきた。
ガチャ。鍵を開ける音に、堪らずこっちから扉を引き開けた。
中からは普段と変わらぬ悟空。三蔵の奇行にか、それとも寝起きなのか些か怪訝な顔つきだった。
しかしピンク色の頬は艶やかで、生命力に溢れている。
「どうしたんだよ三蔵、もしかして寝――――…!!」
急かされるように、三蔵は悟空を抱き締めた。
血の匂いはせず、三蔵を安心させる悟空の匂いで満たされる。
心臓は規則正しく刻み、それも三蔵を深く安心させた。
「三蔵、」
悟空の声。安心の底にいる三蔵を優しく包む。
「思い出した」
「なに?三蔵」
首筋から顔を起こして悟空の唇を食みながら、三蔵は思った。
悪寒の理由。一年前の今日、悟空は奴に襲われたのだ。
あの悪夢の日、あれは思ったより自分に深くトラウマとして刻まれていたようだ。
もう二度と、あの時の事は思い出したくない。
悟空の甘い首筋に舌を這わせながら、思考に蓋をした。
血の匂いはもうしなかった。



人間はこの欲望に似た感情を"恋"と呼ぶのか



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