好きという | ナノ
躊躇いなくそっと指先を唇に触れさせた。それから、薄いピンクの瑞々しいそこに生々しく紅い口紅を差す。戸惑いもなかった。
半ば狂ったように鏡の前で悟空は幾度となく繰り返した。
この口紅は以前三蔵に絡んでいった薄気味悪い女がこれ見よがしに残していったもの。
捨てろと渡されてこっそりポケットに入れておいたのだ。
女は髪が長かった。その豊かな胸と足はもしかしたら三蔵の目には魅力的に映っていたのかもしれない。性欲の欠片も見せない三蔵も然して男だ。
苦々しく思ったのは今でも鮮やかに思い出せる。

紅い口紅は相変わらず悟空を魅力的に飾り立ててはくれなかった。むしろ滑稽だとも思う。自分は男で胸も尻も何もなくて三蔵に差し出せるものも何もない。

三蔵の前では決してしない、これは悟空が自分を戒めるための儀式。
三蔵に捧げるものが無いことを思い知る儀式。
鏡越しに口を歪めると口紅が逸れて頬を汚した。それを手のひらで拭い去り、ついでに唇の全てを拭き取る。ティッシュに移った口紅はまるで血のようだった。

「……きたない」

もう一度鏡を見たらひどく傷付いた自分の顔があった。
もし、本当にもしも、何もない自分を三蔵が欲したら、そうしたらきっと。


好きという感情を形に出来るならば酷く歪で醜い物だろうね、に限り)






end
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