涙 | ナノ
白いシーツの上に悟空は横たわっていた。
何分、何時間、何日――――あるいは何年、そうしていただろうか。
時間の感覚は既になくなって久しい。
もういいんだ、どうでも何でも。
かきむしった左腕からはまだ血が流れていた。
いつかは止まる。止まらないのは時間だけだ。たゆたうことも戻ることもしない、ただ自分だけがその永遠の地獄を生き長らえている。
もういいよ。終わりにしたい。
気だるげに体を横にすれば、ギシリとベッドが鳴いた。同じタイミングで枕を引き寄せる。
顔を埋めると煙草の匂いがした。
覚醒を促すようなそれを吸い込んだ瞬間、悟空は目を無意識に閉じた。


「悟空、」
三蔵だ。呼ばれた。呼ばれたことは判っている。ただ悟空は体を起こしたくなかった。三蔵の言葉を無視するなんて、あとでどんな目にあうか判らないわけでもないのに。
でも起きたくない。このまま微睡んでいたい。

「悟空」

また声が降ってきた。言葉の荒さから三蔵は僅かに苛立っている。ような気がする。
今起きないと三蔵の機嫌はますます悪くなる。
それはめんどくさいな。そう思うのに、体はまるで鉛のようだ。指先一本も動かせそうにない。

「何?」
枕に顔を埋めたまま、やっと悟空は聞き返した。
「顔を上げろ」
更に不快を全面に押し出して三蔵が告げる。
うん、それは最もなんだけど。そうは思っても悟空は動かなかった。意図してそうした。
見たくない。何故だろう、あんなに好きだった三蔵なのに。
髪の毛はキラキラで顔は凄く綺麗で色は白くて、唇は少し厚くて。

煙草の匂いがした。
煙さえも手足に絡みつくようだ。
なのに、三蔵は起きろと促す。
嫌だよ。悟空は思った。

「なんで起きなきゃいけないの」
「いつまでそうしているつもりだ」
「いつまでって、三蔵がそれを聞くの?三蔵が?何で?三蔵は判ってるじゃん。俺が死なないことも…なのに、何で!」
ここまでまくし立てて、悟空はやっとのろのろと顔を上げた。
三蔵だ。目の前には三蔵が立っている。
少し汚れた窓から夕日が差し込んで、三蔵の髪は光を増していた。
紫の目はそのまま、悟空をしっかり見つめている。
やりきれなくなって悟空は三蔵の目を逸らした。

「狡いよ三蔵は」
絞り出した声は何故か灼熱のようで、喉が焼け付く感覚がした。

「俺を一人にして、何でまた現れるの。」
そうだ。三蔵はあの時拒否したのだ。
三蔵と伴にいると誓った自分を、よりによって一番大事なときに突き飛ばしたくせに。

「ねぇ、三蔵、何できたの?俺が心配だった?」
「……」

三蔵は答えなかった。
代わりにベッドへと近付いていた。
4歩半、ギシリと大きな音。それからベッドが揺れた。三蔵が腰掛けたのだ。

「俺が心配ならさ、また暮らそうよ、一緒に。」
無理だ。判っている。なのに言葉は止まらない。
判っているんだ。無理なことぐらい。でももしかしたら、その一心で悟空はまくし立てた。

「ね、いいだろ。また暮らそうよ。俺、もう飯も食べないよ。我が儘も言わない。三蔵が一日一回此処に帰ってきてくれたら、もうそれで、」

いいんだ。
最後は言葉にならなかった。
胸が痛い。煤けたようにチリチリする。

三蔵を見た。
三蔵は笑っていた。
少し困ったような顔で笑って、悟空を見下ろしていた。
部屋はもう暗くなっていた。夕日は沈んだ。

ゆらゆらと、三蔵の顔が歪む。
涙が出ているのだ。
すでに飽和状態となった涙は悟空のこめかみへと後から後から流れた。
それを止めようともせずに悟空は続けた。

「無理だよね」
判ってる。だって三蔵は死んだんだから。

三蔵の手が悟空の目尻を拭った。
ビックリするほど冷たい手だった。
そして一言、ひそりと声を落とす。

「…すまない」
「うん。本当だよな。狡いよな。その言葉で全部済ませる気?」
「…ああ。」
「そうかよ。マジずりぃ。」

ふ、と悟空は笑った。
三蔵はまだ困ったような微笑い顔だった。

「連れてってはくれない?」
「無理だ」
「そう。じゃあもう一言、いい?」
「何だ」
「………、うん、やっぱりいい。内緒。」
「何だ」
「内緒だってば」
「何だ」
「三蔵、しつこい」

何だよ、と三蔵は笑った。
ああ、やっと笑った。大好きだったその顔が見たかったんだ。
三蔵の顔がぼやける。タイムリミットはすぐそこだ。
また三蔵と別れる日がくるなんて。
涙がシーツを伝う。
いっそ涙が溜まって海になれば、それを渡って三蔵に会いに行くのに。
悟空はコッソリと思った。


「サヨナラ三蔵。」

次に逢うときはこの世の果てで。
そう言うと三蔵は笑った。
ポタリと涙が足元に落ちた。


泪の音がする
泪の音がする








end



三蔵復活話第二弾。
私は三蔵の幽霊が好きみたいです。
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