鬼灯 | ナノ


【酸漿】


溜め息が出る程暑かった。
夏も終わりに差し掛かるある日の午後。
まるで溶け出しそうなアスファルトの上を、これまた溶け出しそうな声を発しながら歩いていく2人組がいた。
片や太陽光を照り返しながら金色の髪を靡かせる美丈夫。
片やその少し後ろ、ノロノロと後に続く茶色の髪の少年。
暑いのが苦手なのだろう、額に滲む汗をしきりに右手で拭っている。
彼らは坂に差し掛かった。
焼け付いた地面からは、ついに陽炎まで見える始末。せめて風が吹けば、とも思うが、こんな天気では生温い風しか期待出来ない。

「三蔵――…暑いぃぃ…」
「煩ぇ、俺だって暑い」

彼らの会話は先程から変わらず大凡こんな所だ。
変わり映えの無い会話だからこそ、通じ合うものもあるというもの。
坂の中腹迄辿り着いた頃、脇道に小さな停留所があるのを目敏く見つけた悟空は、同じように体に熱を孕んだ三蔵の手を取った。

「なぁ三蔵、休んでいこうぜ」
「…馬鹿、早く帰った方が涼しいだろう」
「ちょっとだけ!な?」

お願い、と片目を瞑る悟空に、三蔵はやれやれと溜め息をついた。
こうなってしまったらもう、三蔵に勝ち目は無い。

「5分だけだ」
「やり―!」

決まったと同時に悟空は屋根の
下へと飛び込んだ。
現金なやつ。軌跡を描く白いシャツが眩しくて、三蔵は目を細めて後に続く。
停留所の中は静かだった。
木造で出来ている其処は割と涼しく、嬉しそうにベンチに座る悟空の横へと三蔵も続いた。
休憩と言えば一服。
ポケットから愛飲の煙草を取り出した三蔵は、何時ものように口にくわえる。
同じく取り出したライターに火を付ける丁度その時、悟空が煙草を取り上げた。

「何すんだ」

怒りを含んだ声で悟空を睨めば、無言の悟空は壁に貼られた白い紙に視線を寄越す。
『禁煙』。三蔵の最も苦手な言葉が、薄汚れた紙にデカデカと書かれていた。
舌打ちを一つ。
それから悟空から煙草を取り返した三蔵は、手持ち無沙汰気味に辺りを見回した。
ふと、視線が止まった。
申し訳程度に『ご自由に』と書かれてある青いバケツの中に、橙色の酸漿が3本程差してある。
きっと近辺の人が好意で置いているのだろう。この街では良くある事だ。

「三蔵、ご自由にだって」
「御中元だな」
「持って帰ってイイ?」
「好きにしろ」
「やった!」
肯定され、早速嬉しそうに悟空が酸漿を1本取り上げた。
ざばり。
涼し気な水音と共に悟空によって取り上げられた酸漿達が、橙色の連なりとなってゆっくりと音も無く揺れる。
丁度、水に別れを伝えるように。

「…マジで持って帰る気か?」
「当然じゃん。」
「枯れるんじゃねぇのか?」
「…、」

うーん、と頭を少し傾けて、悟空は目を閉じた。
汗に濡れた頬が暑さの為か赤く染まって、三蔵を少し違った気分にさせる。

「俺、走るから!」
突然顔を上げた悟空が、叫ぶように告げた。

「枯れないように、俺走る!な!いいアイデア!!」
「…、」

全速力猿。口端まで出掛かった言葉を飲み込んで、三蔵は苦笑した。
せざるをえなかった。
何処までも純粋な悟空。
いいさ。走れ、走れ。風に乗るぐらい自由に。

「つーことは家まで競争だな」

ざばり。
三蔵も酸漿を取り上げる。揺らぐ橙色。
負けれるか、この猿にだけは。

「おう!負けねぇからな!」
「言ってろ猿」

互いに不敵な笑みをかまして、次の瞬間勢い良く外へと飛び出した。
生温い風。湿度を保った空気を切り裂きながら走る。
酸漿から伝う水は唯一手の中でクリアだ。
相変わらず青い空。
白い入道雲に意地悪な太陽。

気温は変わらなかったが何かが変わった。

生きていける。
君がいれば。

生きて、いける。

強く思った。






end

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