空を乞う人 | ナノ
彼は俺の部屋から左斜め上の階に住んでいる。
晴れの日は常にベランダに出て空を見上げている。
金色の髪と煙草の匂いが風に乗って、とても綺麗なのは俺だけの秘密。
【空を乞う人】
この真新しいアパートに引っ越してきて半年。
大学に通う俺、孫悟空。19歳。彼女ナシ。
知り合いの花屋でバイトしてる。
この花屋には何故か生花だけじゃなく花の苗も売ってあるんだ。
時々売れ残りを貰うんだけど、花の苗貰っても微妙だよな。
でも貰ったら貰ったでほっとけなくて、ホームセンターでプランターを買って貰った苗を植えてるんだ。
本格的にし始めたら結構楽しくて。
彼女が居ないことも手伝って最近の俺の休日の趣味は専らベランダの土いじり。
寂しいヤツって思うよな―?
まぁ寂しいんだけどさ。
でもあれ、いつからかな。
俺がベランダで土いじってたら、いつも左斜め上の部屋の人がベランダに出てくるんだ。
何をするでもなく、タバコに火付けてプカプカしてる。
それから空を…うん、そうだ。
その人は空を見に来るんだ。
こう、手すりに背中を預けて頭を上にあげて。
したら手すりの柵の間からキラキラした金色の毛が靡くんだ。
それがすげー綺麗で。
それからタバコがふわって匂ってくる。
その人をもっと近くで見てみたい。
一体いつも彼は何を見ているんだろうか。
それを知りたい。
最近そう思うようになってきたんだ。
だから、今日も土をいじる振りしてベランダに居たら彼は出てきた。
ペタペタ、靴下も履いてないんだろうな。足音がする。
そしていつものように灰皿片手に空を仰いでる。
俺も続いて空を仰ぐ。
うん、今日もいい天気だ。
それから、ちらっと左斜め上のベランダを仰ぐと…
うそ。金色の人、空じゃなくてこっち見てる。
びっくりした。金色の人、目ぇ凄い綺麗な紫なんだ。
あっけに取られる俺を尻目に金色の人はゆっくり口を開いた。
「そんなに花育ててどうすんだ」
「ああ、これバイト先で貰って…キレ―じゃん?」
にかっと笑ったら金色の人、何も言わずにタバコの煙を吐き出した。
態度悪い。むぅっとした俺は足元の花に目をやった。
「こんな天気のいい休日に土いじりなんざ、若さが無ぇな」
「そっちこそ、こんなに天気いいのにどっこも行かないのかよ!」
「休日に体を休めて何が悪い」
…こいつ、多分性格悪い。
顔良いだけに残念。
そう俺は呟いて100均で買った青い象さんジョウロで花に水をやり始めた。
水が花と葉の隙間を拭ってキラキラ輝く。
これこれ。俺はこの瞬間が好きなんだ。
花達も喜んでる気がするし。
「……、」
視線を感じて上を見ると金色の人が2本目のタバコに火を付けてこっちを見ていた。
「あんたはなんでいつも空を見てるんだよ?」
「…知ってたのか」
「だって見えるし。俺天気いい日はほとんど土いじってんだぜ?」
「……。」
ふぁ。金色の人、タバコの煙を吐き出す。
人の話聞いてんのかよ。
「…、空を乞うている」
思い出したように煙と一緒に声を吐き出した。
「こう?こうって何だ?どんな字?なんて漢字?」
「……『乞い』だ。」
「『鯉』?」
「お前、錦鯉とかの『鯉』っつってんだろ」
「あ?違うのか?」
「………もういい。」
ジ。煙草を灰皿へと擦り付ける。
何だよ、こいって。
「な―、明日も晴れるかなぁ?」
「知るか。」
「晴れるといいな。」
「あ?」
「だって、晴れたらまた会えるじゃん」
ニカッと笑ったら金色の人、面食らったみたいに目をパチクリさせた。
あ、やっぱ綺麗な紫色。
俺かなり好きかも、その目。
こっそり呟いて空を見上げた。
彼が乞うている紺碧の空を。
end