シレーナ | ナノ


裏路地を少し入った所、壁沿いに真っ直ぐ進むと柔らかいクリーム色の壁の洋風の建物が見える。
海を望むその建物は甘い匂いを漂わせてひっそりと建っていた。

「こんにちは―」
チリン、ドアに掛けてある鈴も挨拶をするように小さく鳴る。
脳天気な声を出してやってきた少年は、脇目も振らずにカウンターに座った。
席について1分、カウンターの奥の厨房からは未だに誰も出てこず、ケーキか何かを焼く甘い匂いだけが充満していた。
痺れを切らして少年は声を上げる。

「三蔵―?お客さんきたよ―。」
「客扱いして欲しけりゃ客らしく入れ」

そう言いながら厨房から出てきた美丈夫は、“お客さん”用の黄色のマグを持っていた。
砂糖とミルクたっぷり。マグの中は少年の好みのコーヒーだ。
どかりと少年の前に置くと、彼は早速マグに手を伸ばした。

カフェ[sirena]。
1年前にオープンしたばかりのこのカフェは、オーナー兼料理人である玄奘三蔵が切り盛りしている。
景色の良さと料理の美味しさで小さなこの街では少しは名の知れたカフェになっていた。

「今日ヤオネちゃんは?」
「2時上がり。今日はもう店仕舞いだ」
そう言うなり三蔵は表の看板をクローズに変える。

「こんなに早く店仕舞いして、店潰れても知らねえから」
「お陰様で」
三蔵はまた厨房に入り込むと、ガチャガチャと食器の音が聞こえてたきた。
三蔵は意外に研究熱心だ。また新メニューの開発だろう。

「三蔵―、CDかけていい?」

返事は聞こえない。
否定が無かったということは悪くないということだ。
カウンターの奥の食器棚の上にあるコンポに手を伸ばした。
流れてきた曲はAkonだ。珍しい。
おやつの自家製クッキーを皿に盛って三蔵はカウンターへと戻る。

「三蔵konvicted持ってたんだ。」
「ああ。」
「俺も持ってたのに、言ったら貸したのに。」
「店で使うやつだからな、買った。」

そう。生返事をしながら少年はカウンターへと座った。
少年は悟空と言った。
三蔵とは所請幼なじみと言われる間柄だ。

「お前の家で聞いて店に合うと思った」
「うん、俺もこれ進める気だったんだ。」

談笑をしているうちにクッキーはみるみる悟空の胃袋に収まった。
おまけにコーヒーも底を尽きそうだ。

「三蔵、」

おかわり、と続ける所が遮られ、マグを取られた。
さすが三蔵。悟空はひとりごちた。

「新メニュー、食うか?」
「食う。」

悟空はにっこりと笑う。三蔵は頷く。
長い間に培われたこの雰囲気は他の誰とも違う、三蔵と悟空だけがもつ柔らかなものだった。
程なくして三蔵は白い皿に乗せられたワッフルを持って出てきた。
ワッフルには苺とキウイがたっぷり乗っている。フルーツワッフルだ。
悟空は目を煌めかせてフォークを握り締めた。

「うまそ―!」

表面はサクサク、中はフワフワ。
三蔵の作るおやつはいつもおいしい。
悟空がワッフルに舌鼓を打っているあいだ三蔵は何をするでもなくカウンターへ回り、悟空の隣へと座った。
煙草に火を付け、ゆっくりと煙を吸い込む。
しばらく店の中には沈黙が流れた。

「あ、」

不意に悟空が声を上げる。

「DON'T MATTERだ。俺これが一番好き」
「そうか」
「三蔵は?」
「別に」

そう。悟空はワッフルにフォークを突き刺した。そして口に運ぶ。ワッフルは変わらず美味しい。

「やっぱり美味しいな。三蔵のワッフル。」
「それなら一生食わしてやるよ」

驚愕のままに顔をあげた悟空。
その頬に付いたクリームを、三蔵はそっと掬い取った。
クリームの付いた指先は、湾曲を描く三蔵の口元へと運ばれていく。
真っ赤になる悟空といつもと変わらないそぶりの三蔵。流れる音楽だけが緩やかだった。

2009年39の日記念。
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