迷彩 | ナノ
赤に月が染まる夜。
非日常は突然やってきた。

目の前で起こった出来事全てに対象出来る程、俺はまだ何も知らなくて。

乾いた風の匂いも、錆びた鉄の匂いも、全部現実じゃないみたいだった、月夜の晩。

不思議な夢のような、そんな光景。


【迷彩】



その人は、まるで人ではないみたいだった。
綺麗な綺麗な金色の髪。
羽織られた黒いコートの下から覗く黒いシャツと革のズボン。
月を浴びて鈍く光るのは銀の銃。
しっかりと握られたその銃にこびり付くのは、真っ赤な血。
淡く光る金糸から覗く紫色の眼を見た瞬間。
俺の足はその場に縫い付けられたように動かなくなった。



「…おい」


まるで良く出来た陶器人形のようなその人の口唇から紡がれた声に、俺は軽く体が震えた。

怖がってる?

震える右手を叱咤しながら、俺は口を開いた。

「……あんた、誰?」


全てを見透かすような彼の笑みに。
立ち上る、煙草の煙に。
…俺の思考は機能を失った。



彼は、“三蔵”と言った。
本名なのか偽名なのかは知らない。
今となっては知る術さえない。
煙草をくわえる口唇から紡がれる声はひどく低くて、ひどく冷たかった。
反対に、触れた指先は少しだけ温かかった。
宝石のような紫色の眼は、未だに俺を捉えている。
三蔵は言った。

「今日俺を見た事。俺と喋った事。全てを誰にも言うな。」
「誰にも…?」
「ああ。絶対にだ。これからする事もな」

そう言って俺の頬を触る手つきは酷く優しくて。

「これから…する事?」

俺はただ三蔵を見つめる事しか出来なかった。


三蔵はそのまま俺を抱いた。
酷い熱を分け合ったのに、三蔵は好きとも愛してるとも言わなかった。
一言も交わさない情交の中で唯一、三蔵が呼んだ俺の名前。
低い、甘い吐息を含んで。
……吃驚する位、甘くて。


何であんな事になったんだろう。
どうしてあんな事したんだろう。
問う相手はもう居ない。
俺に残されたのは、三蔵の放った熱と痛みだけ。
好きとも愛してるとも言われる訳ない。
始まる前から終わってたのに。

「……悟空、…」

たった一度だけ、呼ばれた名前。
それは驚く程強烈に俺の鼓膜に刻まれた。
優しい呪文みたいに紡がれた、俺はそれを忘れない。
…忘れられない。

それはまるで、迷うように浮かぶ、月夜の彩りのように。
鮮烈なまでに、輝く金色。





end

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