寺院時代詰め合わせ3話 | ナノ
その筋張った長い指が迷う事無く頬に触れて。
焦茶色の髪を梳き上げる動作に、悟空の瞼は自然に落ちた。


【吐息】


自然に眼を閉じた悟空に、三蔵は声を出さずに苦笑した。
いつも、だ。悟空は三蔵から与えられる愛撫の時はいつも眼を閉じてしまう。
例え愛撫が行為を連想させる激しいものでも、今みたいに極普通のものでも。
「眼、開けろ」
上から落ちてくる三蔵の声色に、悟空は恐る恐る眼を開けた。
薄い瞼からゆっくりと現れる、蜂蜜色。
太陽の光を浴びるとキラキラと輝くその色が密かに三蔵の気に入りだとは、当事者の三蔵意外に知り得る筈も無かったけれど。
「…、どした んだ?」
そのまま食い入る様に双牟を見つめる三蔵に、悟空は少し不思議そうに首を傾げた。
悟空の頬に添えられたままの三蔵の手からは、彼を象徴する煙草の香りがふんわりと漂う。
鼻孔を淡く刺激するその香りに、悟空の眼は知らず知らずに薄く細くなる。
「…、眠いのか?」
そんな悟空を見、今度は三蔵が問いかける。
柔らかな頬を二度指先で擽れば、蜂蜜色の眼は一層甘やかに細められた。
「違う…、って…さんぞ、擽ってぇ」
僅かに頬を染めた悟空が、仕返しとばかりに三蔵の端正な顔に手を伸ばした。白く滑らかな皮膚はうっすらと冷たさを纏っていて、悟空の指先の体温をじわりと奪う。
その無駄な肉は一切無い、僅かに柔らかいだけの頬を両手で挟み込んで。
「三蔵のな、」
「あ?」
怪訝そうに歪められた金の眉を、歪んだままでも綺麗と笑い。悟空はそのまま続ける。
「指先な、煙草の匂いがするんだ」
「そりゃ先刻まで煙草ふかしてたんだ、当たり前だろ」
「ん、そだな。そのな、指先がな。」
「…指先が何だ」
少しだけ苛々したような口振りに、悟空は小さく肩を窄めた。
「三蔵の、匂いなんだ。…キス、するとき嗅ぐ匂いと同じだから…」
語尾が消え入りそうな小ささで呟くと、悟空は更に真っ赤に頬を染めて三蔵の頬から手を離した。
「……」

数秒。
金晴と紫暗が宙で交わり、どちらともなく引き寄せながら、柔らかく口唇を重ねた。
緩やかに三蔵の手が悟空の後頭部に添えられ、艶やかな髪を宥めるように上下する。合わさる口唇と吐息に、悟空が「ほら、煙草の匂い」と告げると。
「移してやるよ」と、三蔵の甘やかな吐息が悟空の口内へと降り注いだ。







長い指が、俺の頭上の宙で一瞬止まった。

俺はこの瞬間が全てなんだ。








【ココロ。】






「…離れろ、いくつになった。」
「…13?」
「そうだ。もう人に抱きつくような年じゃない。」

見上げれば、深い紫色の眼が俺を射抜くように見ていた。


いつもそう。
いくつになったから、もう何歳なんだから、と三蔵は言うけど、俺はいくつになったって三蔵にくっついていたい。

渋い顔の三蔵が苦々しく首を振るのが見えた。
そのままゆっくり三蔵の胸に顔を押し当てると、観念した溜め息が漏れる。


「聞いてやがったか?それともまさか夜が怖いとか言うんじゃねぇだろうな」

三蔵の胸元から顔を離さずに、俺はふるふると首を振った。

別に夜が怖い訳でも何でもない。



ただ、傍にいたい。

傍にいさせて欲しい。





……頭、撫でて欲しい。





…それだけ。







「いい加減にしろ、俺は今から風呂だ。」

きっぱりと俺を拒絶するようなその語尾に、俺は身体を固くする。
「一緒に入るとか抜かすんじゃねぇだろうな?」

「………」

「おい猿」


「…でて……」

「?」

「頭…撫でて。」






三蔵の優しい指先を感じれたら、そしたら他の奴らに何言われたって平気だから。

傍に居られるのは俺だけだから。





少しだけ、三蔵の強さを分けてください。







「………」

長い沈黙の後、ゆっくりと俺の後頭部を温かい手が下ろされた。


「……んぞ…」

「寺の奴らが何言おうが、俺はお前を捨てる気はない。」

「………!うん…うん…」

「…返事は一回」

「うん!」






三蔵の優しさがあれば、俺は大丈夫だから。

三蔵の強さを分けてもらったら俺は大丈夫だから。





だから、ずっと撫でてください。






そしてずっと傍に居させてください。









絶対的なものなんてこの世にはないと。
そう思っていた。




【孤独】




朝、昼、晩。
春、夏、秋に冬。
幾ら季節が変わったところで、変わるものなんて何もない。
自分には対峙する人間も妖怪も、景色も変わらないから。
ただ毎日起きて、食べて。
仕事して、出して、寝る。

そんな一寸の狂いもない生活。

空は変われど、自分自身に変わるところなんて見つけられない。

髪が伸びて鬱陶しいとか。
爪が伸びて来たとか、体はそれなりに変わっているんだとは思っても。
それで麻痺した時間の感覚が戻る訳でもなく。

日は昇って落ちていくけれど。
落ちていくのは自分自身だとは気付かずに。
微温湯のような生活にどっぷりと肩まで浸かっていた。


「三蔵様、こちらの書類ですが。」
分かってる。いちいち口出すな。

「三蔵様、湯殿のご用意ができました。」
風呂の時間迄お前等に管理されんのかよ。

「三蔵様」
…その名で、呼ぶな。
うぜえ。
頭が割れそうなぐらい気持ち悪かった。
近付く僧達の視線だとか。
声。それに存在さえも。

独りで良かった。
悪夢の夜明けから。
俺が“三蔵”になった夜から。金山寺を後にし、師の形見を探す旅に出て。
あれから幾度となく、人とすれ違ってきたけれど。
腐った自分を映し出す、太陽を俺は見なかった。
見ない振りをしていた。





「―――あんた、誰?」



孤独に苛まれた俺自身。
あの“太陽”と出逢う迄は。






end。
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