哀歌、ヘブン | ナノ
合わされた手と手。口唇と口唇。
まるで一瞬たりとも離れる事を拒むかのように、2人は絡み合っていた。
触れた所から伝わる、温かさと感情。
呼吸と共に震える肩を、三蔵はしっかりと抱いた。
放さないで、放さないで。
触れ合う口唇からは、けれど切実に悟空の激情を三蔵へと届けて。




【哀歌】




新鮮な空気を求める悟空の口唇が蠢いたのを感じて、やっと三蔵は己の口唇をそっと離した。
急には無理だ。すぐに離すと悟空は脅える。
離れていた時間を触れ合う時間で埋める為に、三蔵はずっと悟空を抱き締めていた。
震える肩口からは、悟空の不安が滲む。その不安が指先から三蔵に伝染したかのように、抱き締めた瞬間に離れられなくなったのも本当で。
ゆるゆると慎重に口唇を離せば、新しい空気を吸い込む悟空の言葉にならない声が響いた。

「…ハ、ぁ…」
「……、…ちゃんと、息、しろ」

ちらりと舌を出してなおも口唇を強請る。
そんな悟空の痛ましい姿に三蔵は言い知れない感情を抱く。

「…んで、」
「あ?」
「なんで、どうして、三蔵はいつもそうなんだよ…」
うっすらと開かれた金晴眼に見とれるように、悟空の頬へと手を這わせる。
赤く熟れた年の割に丸い柔らかい頬。酔いしれるように撫で上げて、それから口を開いた。

「何がだ、ちゃんと喋れ」
「何で、独りで決めて独りで行くの。」
「…それは、」
「どうしてだよ、どうしていつも独りで、三蔵は」

答えに詰まる。眼が合わされる。
三蔵の首へと回した悟空の手が、一層力強く三蔵を引き寄せる。甘く、痛い感情を表にして。

「悟空、」
「三蔵は知らないんだよ、俺が、どんな想いで、…」
「…悟空」
「決めるのも独り。行くのも独り。ねぇ俺は、三蔵のどこに居ればいいんだよ?」

絞り出すかのような声が三蔵の脳裏
に響く。その声は三蔵を失うことで初めて感じた悟空の激情をそのままに三蔵へ伝わって。
愛でも、まして恋でも無い。お互いが唯一の、そんな関係の2人だからこその。

「…ふざけんなよ、マジで。」
「…、悟空」
「三蔵が居なくなるなら、俺は、」

続ける言葉を飲み込ませるように、三蔵は悟空の口唇を貪る。
決して続きは聞きたくなかった。そうして離しもしたくなかった。
次に離せば、もう二度と掴めなくなるような。もう二度と重なり合うことも出来なくなるような。
ただ三蔵の頭の中に響く悟空の慟哭は、悲しい程に切ない哀歌。





end




夢を見る。
遠くに行く夢。
足元には何も無くて、頭の上には抜けるような空しかない。何も無い、どこかに行く夢。





【loop in the heaven】





彼は夢を見ているんだ。きっと。
先程医師と交わした会話を思い出しながら、短くなった煙草をアルミで出来た灰皿へ擦り付けて、金髪の男は眠り続ける少年を見下ろした。
医師曰わく、この眠り続ける少年は夢を見ているらしい。
現実世界がそんなに厭なのかコイツは、と金髪の男が皮肉を込めて笑うと、何かをあやすような顔で医師は言った。
そうかも知れないね。
艶々と輝く大地色の髪を少しだけ掬い取ってから、ゆっくりと口唇を寄せてみる。柔らかく鼻孔を擽る匂い。たしかこれは太陽の匂いだ。
毛先に触れる綺麗な手の感触が分かったのか、大地色の髪の子はゆっくりと首を横に捩った。枕元でシーツが擦れる音。
夢と現実の境目は多分ここなんだろうな、と金髪の男は朧気な頭で考えた。
腰を下ろしたパイプ椅子がキチキチと音を立てる。苦しそうに。自分の心の痛みを表現するかのように。

そこは、愉しいか?この世界には無い何かが、そっちにはあるのか?

どれだけ問い掛けても、大地色の子は目を醒まさない。
白い夢に意識をかすめ取られたまま、体だけをここに忘れている。
少しだけ開かれた口唇に、男は自分の口唇を寄せた。何度か繰り返してから、頬にも口付ける。
祈るように、彼の魂がここへ帰ってくるように。


『――さ、―ぞ―』

少年の僅かに開いた口唇から、壊れた機械のような音が漏れた。金髪の男はそれを聞き逃さずに、紫色の目を細める。
続きを促すように尚更優しく、男は少年の頬に指を這わせた。
柔らかい頬。温かさが指先を通して男の体に染み渡る。
身を乗り出し過ぎたせいか、パイプ椅子は一段と大きな音を立てたが気にしない。

どうか、目を醒ませ。
もう一度、祈るように口付けた。







end





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