春眠、空蝉 | ナノ
桜は好き。
淡くて、綺麗な色で、咲き乱れるその景色は凄く好き。


でも、散る。

散ってしまう。
華が散った桜は嫌い。
だって、あんなに大勢で木にくっついてたのに、風に吹かれる度にチラチラ流れて。
やがて全部、一枚だって残らずにどこかへ吹かれていく。

独りになった木が。

残された木が、寂しそうに見えるから。


だから…


【春眠】


絶景を極めた、近くの大きな桜は数日前に全て散りきっていた。
満開の時期は優美さを誇ったその木も、今は枯れ木のような風貌に様変わりしている。

そんな木を見ながら、悟空は静かに振り返った。
そこには煙草をふかす、最高僧の姿。
もはや悟空の傍に居ることが当たり前になっていた彼に、微かに安堵する。

今日は風が強い。
春一番と称される、特有の強い風が二人を包んだ。
靡く金糸をうざったそうに首を振る姿を見て、悟空は不意に三蔵の腰に抱きつく。

「三蔵は、どこにも行かないよな?」

真白い法衣を掴み、俯いたまま悟空は呟いた。

風にかき消されるような小さな声だったが、不思議に三蔵の耳には届いていた。

そんな悟空の態度と散りきった桜の木を見て、三蔵は小さく溜め息を吐く。

同じように風に靡く大地色のクセっ毛を乱暴にかき混ぜ、開かれた金晴眼を覗き込み…
「…いかねぇよ、桜じゃあるまいし。」
ざぁっと、最後の花びらが空に舞う。
覆い隠すような、悟空の微笑みが、散った筈の桜を彷彿とさせた。






暗い暗い土の中。
土中に住むには大凡似つかわしくない、透き通るような白い体で。
これ以上曲げれない位に体を丸めて、彼らは夢を見るのだと言う。
自らの羽根で大空へと舞う夢を。

最初にその話を聞いた時には純粋に良い話だと思った。
夢から醒めた蝉達は薄い飴色の羽根を広げて、きっと夏を満喫することだろう。
地中では味わえなかった大気をいっぱい感じて。

そうしてその数週間後の酷く蒸し暑い日に、悟空は青々とした木の下で一匹の蝉の死骸を見つけた。
腹を空に向けて事切れた様は、まさに死ぬ間際でさえも空に焦がれている様にも見え。
蝉の丸い黒い眼には、それでも青空が映っていた。


彼等は幸せだったのだろうか。

長い時を人知れず孤独に地中で過ごし、やっと飛び立てたかと思えば、そこからの命の期限は余りにも短い。
日中にあれだけ声を張り上げて鳴くのは、もはや風前の灯火となった自分の命を儚んでいるかのようでもあり、同じように少しでも自分の存在を知らしめるようでもある。

何年も繰り返された自然のサイクルは、余りにも残酷だ。
皆が平等とは当然いかないにしてもこれでは。

『もしさ、俺がさ。』

三蔵の白い法衣の裾をぎゅっと握り締めて、悟空は呟いた。
三蔵は聞いていないかのように、静かに煙草を取り出してくわえた。
言葉を遮られない事を肯定と見て、悟空はゆっくり続ける。
『死んで、もし蝉に生まれ変わったら。またすぐ死んじゃうから、三蔵呼ぶ。煩くても呼ぶ。

呼んで、羽根広げて飛んで探すから。』
『…そうか』

青空に溶け出す煙を眺めて、三蔵はそれ以上何も言わなかった。勿論悟空も。
2人の心は既に決まっていた。
輪廻転生なんて今更信じる気も更々無いが、例え自分達が生まれ変わったとしても相手を見つける。自信がある。
互いに寄り添って、もしも死ぬ瞬間には。
そうだ、相討ちが望ましい。
看取るのや看取られるのは死んでも御免だ。
もし蝉になったのならば、空ではなく三蔵に焦がれて声を上げるだろう。
迷わずに羽根を広げて、力の限り飛んで三蔵を探すだろう。
地中で三蔵の夢ばかり見ていられるならそれでもいいかな、と。
悟空は静かに眼を細めた。







end

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