美しく時は曖昧に、死に華 | ナノ



唇と唇が触れ合う上で、悟空はこっそりと溜め息をついた。
なんだろう、この距離感。
どうしたって三蔵には追い付けないことは判っていた。
正確には“判っていたつもり”だった。
三蔵とて人間、それに自分だって成長する。
少なくとも三蔵に拾われた時よりも大分成長したと思っていた。
それがどうだ。
未だにキスは上手く出来ないし、背などまだまだ三蔵のほうが頭一個分高い。
何に関しても三蔵には勝てないのだ。
そうして歯痒がる悟空を見ては、三蔵は笑うのだ。
嘲笑とは違う、優しく穏やかな笑い。
まるで自分の未発達さを喜んでいるかのような。
ひどく安心するかのような。


悟空が何か考えに耽っているのを感じ取って、三蔵は徐に唇を離した。
ちゅ、小さな音を立てて離れる唇。
やばい。悟空は思った。
情事の最中に何かに気を取られると三蔵は酷く気分を害するのだ。
三蔵は意外と嫉妬深い。

「悟空」

ほらまた、咎めるような口振りだ。
何をどうしたって悟空は三蔵のものなのに、一瞬でも他のものに気を取られることを三蔵は嫌う。
悟空だけに向けられる執着。普段の三蔵を知っている人なら驚愕する程の執着を、悟空はしばしば歓喜する。
だってそれだけ特別って事なんだ。

「悟空、」

ああ、狡い。
そんな普段は絶対に出さないような優しい声で呼んだりして。
いつだって悟空は三蔵には勝てない。

「ん、三蔵。もっとして。」

差し出すように腕を三蔵の肩へ伸ばすと優しく手のひらをかすめ取られた。
驚くほど綺麗な指先を悟空の耳へ寄せ、三蔵は満足そうに笑う。

「ああ、―――もっとしてやるよ。」


そうして後は、三蔵に溺れるばかり。
――――浸るように、依存していく。












息 を 潜 め る 程 に 強 く。

【死に華】

ドンと一つ大きな音が頭上で響いた。
土と土が崩れ合って重なりあって生まれる音。腹の底に響く音だ。
あまりいい音じゃないな。ちらりと思ってから三蔵は己の左腕に目をやった。
所々から血が滲み出ている。吐き気を催す程の痛みがもう左腕の不能を訴えていた。
バラバラと落ちてくる小石が法衣の上を転がる。血がべっとり付いて所々破れたそれに、三蔵は辛うじて動く右腕を伸ばした。

ここで終わりか。
ひどく冷静な考えだ。まるで他人の思考のようで、そこにもまた驚いた。実際、言葉に乗せても真実味なんかこれっぽっちも浮かんで来ない。
いつ死んでもいい。死ぬために生きていたのだから。
だが、己の終焉を目の前にしてこれほど冷静でいられるとは。


「……悟空、」

近くに居るような気がして、三蔵はひそりと声を立てた。

そんな訳無い。
この城に片を付けるのは自分だと言い張って、宥めすかせる八戒と悟浄と共に先に脱出させたのだから。
言葉は交わさなかった。
ただ別れる時、最後にかち合った眼。
眩しい程の金晴色は、ただ真っ直ぐに強く煌めいていた。
今もその残像が眼に焼き付いている。


ドン。
またしても大きな岩が崩れる音がして、三蔵は頭をゆっくりと上げた。
もうこの城は崩れ落ちるまで幾ばくもない。
上手く脱出出来たのか、悟空は――。
最後の最後まで悟空のことを考える自分にも笑いが出た。



―――、―――


何かの気配を感じて三蔵は銃を構えた。
敵だろうか?残党は残らず殺した筈だ。

走ってくるそのシルエット。あれは。

――――あれは。

「三蔵!!」

「……悟、空」

どうして。と紡ぐ筈の唇はそれ以上動かなかった。

「何やってんだよ、三蔵…」
「お前、」
「何で一人で」
「悟空、」
「一人で…」
「悟、」
「狡いよ三蔵」

泣きそうな顔をして、それでも悟空は三蔵の胸に飛び込んだ。
ガラガラ、頭上からは小石がバラバラと降ってくる。
終わりの音だ。
もう後戻りは出来ない。
右腕をゆっくりと悟空の背中に回して、三蔵は呟いた。
それに頷いた悟空に酷く安堵して、それから二人は眼を閉じた。
もう離れない。



end
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