君は僕の永遠 | ナノ

その人は最も強く最も美しく最も儚い人でした。



【君は僕の永遠】



ガサガサ。ガサガサ。
枯れ葉が足元で鳴く。
傾斜を伴った山道に敷き詰められたようなそれらは少し朽ちかけていた。
山道の脇からは新芽を出した木々が見える。その下にも花をつけた草がちらほらと見えた。
春が近いもんな。
悟空はにべもなく口に出した。
その言葉は少し弾んでいたけれど、体力を奪われる山道のせいで語尾が掠れた。

ああ、随分歩いた。
少し冷気を伴った風が茶色い髪を擽って行くのを感じて悟空は一息ついた。
見上げれば日も暮れ掛かっている。
太陽は既に山際に隠れようとして、最後に赤く赤く燃えていた。

少し休んで行こう。
誰に告げるでもなく肩に担いだほんの少しの荷物を脇に放り出して腰を下ろした。
枯れ葉が敷き詰められた山道のそれは居心地が良かった。
カサカサとした感触を楽しんで、それから思い出したように荷物を引き寄せる。
水とおにぎり。
悟空の活力となる2つを取り出して、それから右のポケットを探った。
いくつかの飴、出てきたそれをポケットの中へと返却する。これじゃない。
程なくして出てきた1枚の写真に悟空は目を落とした。

そこには2人の人物が写っている。
モノクロの写真でも相変わらず輝いている髪。
額のチャクラ、それから法衣。
写真に写り込んでも鋭さを兼ね備えた瞳。
それから、その人物を見上げる昔の自分。

「……三蔵、」

まだ2人で寺院に住んでいた時に、偶々寺院へ立ち寄った初老の男性が撮ってくれたものだ。
その時はと言うと、三蔵はあからさまに嫌がり、悟空は男性が何度もこっちを向けと促すのも聞かずに三蔵を見つめていた。
ポラロイドだったそのカメラから出てきた写真を貰ってから今まで、悟空はこれを肌身離さず持っていた。
端々は擦り切れて、少し茶色に変色もしている。
ずっと大事に持っていた。

西への旅の時も、それが終わってからも―――――三蔵が息を引き取ってからも。


「…腹減った。」

写真をポケットの中へ大事に仕舞い、おにぎりを掴んだ。
ここから先は持久戦だ。まずは腹ごしらえに専念することにしよう。
立て続けに3つのおにぎりを胃袋に収めると、ペットボトルの水を半分ほど飲み干した。
体内に水が染み込んで来る。
ふう、一息つくとペットボトルのキャップを閉める。

先はまだある。

空を見上げると、もう既に太陽は山際にすっかり隠れてしまっていた。
夜独特の匂いを纏った風も上から流れてくる。
赤、青、それに濃い紫の空にはちらほら星も見えて、その上には丸く光る月が見えた。
何故だか色合いが彼に似ている。


「うしっ!」
悟空は立ち上がった。
悟空の足ならもうあと少しの距離だ。
今夜は満月、そこまで暗くはならないだろうが、闇が深くなる前に目的地に着いていた方がいい。
背中まで伸ばした髪が風に揺れる。
目的地目指して悟空は歩き出した。

この山は霊山と呼ばれている。
普通の人間には感じない、大地の気が流れる山だ。
はるか昔、まだ寺院で過ごしていた頃三蔵と妖怪退治に訪れた。
妖怪自体は弱い奴で、悟空一人で楽に倒せた。
三仏神から5日という猶予を与えられた二人はその後この山を散策し、色濃い大地の気に悟空はこの場所をいたく気に入った。
その後、西への旅が始まり悟空はこの山の事などすっかり忘れていたのだが、三蔵は覚えていた。

そして、もう自分の余命が幾ばくも無いと悟った三蔵は言ったのだ。

―――あの山へ。






濃い紫色の空が黒に変わった頃、悟空は山頂に着いた。
平たい岩に荷物を降ろし、そして同時に腰を下ろす。

「…変わらないなあ」

辺りをぐるりと見回して、悟空は呟いた。
本当にこの場所は、時間の流れがたゆたっているかのように変わらない。

平たい大きな岩、小さい石で組んである焚き火台、それからその奥にある、大きな桜の木。
満月に照らされたそれは、淡く輝いて薄い花びらを振らせている。
荘厳な雰囲気に目を細めて、悟空は荷物の中から2つのものを取り出した。
ビールと赤マルソフト。
桜の木の下で眠る三蔵の為に買ってきたものだ。
こっそり笑ってその2つを桜の木の根元に供えた。
2歩下がる。
それから花びらが敷きつまった地面へ静かに腰を下ろした。

「…、三蔵が居なくなってからすごく時間が経ったよ」

「八戒も悟浄も先に行っちゃったよ」

「俺は色んな国に行った。三蔵は知ってるかもだけど、楽しかった。」

ごろん、桜の花びらに埋もれるように悟空は寝転ぶ。
言いたいことは沢山あった。
三蔵をこの場所に葬ってから今まで一度も訪れたことは無いのだ。
何故だか泣き出しそうだった。
心の奥に仕舞っていた三蔵への想いが今、湧き水のように溢れ出ているのだ。
喉の奥が苦い。目の奥が熱い。
ひりひりと胸が痛む。
涙が出そうで悟空は腕を目の上に重ねた。
三蔵を象徴するものを見ただけでその気持ちは抑えられなかった。
金色を象徴する人。太陽を見るだけで胸が痛くて痛くて死んでしまいそうだった。

三蔵に会いたい。
会いたくてたまらなかったのだ。







「……、」

ふんわり、煙の匂いが辺りに漂う。
かさり、かさり。
草履で花びらを踏みしめる音。
法衣の衣擦れの音。
ふぅ、煙を吐く息。
それから目を隠したままの悟空の頭上へ、不機嫌そうな声が響いた。


「いつまで寝てんだ、猿」


目を腕で隠したまま、悟空はこっそり泣いた。
ひどく幸せだった。




end

2008悟空生誕祝い。
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