キス、ロンリーマインド | ナノ
三蔵が死んだ。
枯れ木からポトリと葉が舞い落ちるように、或いは地面に落ちた雪が瞬時に消え入るように、呆気なく。
強さに溢れて、いつでも生きていた三蔵は消えた。自分の生きてきた道とはまた違い、まるで真逆の道程だった。
死をも味方に付けたかのような圧倒的な光であった彼も、結局は1人の人間であったのだ。

三蔵が死んだことを悟空は認めなかった。間違いであったと思いたかった。
だって三蔵はあんなに眠っているようなのに。
静かに横たわる三蔵の、大好きな髪に触れる。
ああ、静けさが耳に痛い。
まだ拾われた当初、悟空は三蔵の髪が大好きだった。キラキラと太陽の光を跳ね返す細い髪は、悟空のそれと違ってサラリとしていた。
感触は変わらないのに、何故かとても冷ややかだ。
髪、額、鼻筋へと手を滑らせる。
少し硬くなった皮膚──口唇。それに触れた。
色素を無くしたそこは冷たい死を孕んでいた。




三蔵は生前、よく何かを記していた。
坊主達には勿論見せず、ただ1人近くに寄ることを許した悟空にさえも存在を隠していた。
悟空は知りたかった。
三蔵は隠した。
特別聡い三蔵だ、悟空にそんな存在を気付かせないことなど容易かろうに、しかし態とその存在のディテールだけを表したのだ。

きっといつか、時がきたら悟空に見せるつもりだったのだろう。
自らの死───それが三蔵の『いつか』だったに違いない。


それは、三蔵の使う机の一番上の引き出しへ、ひっそりと仕舞われていた。
その行為さえ、悟空に読ませる為の仕業にしか思えなかった。

───少し、躊躇いながら悟空はそれを手に取った。
滑らかな皮で出来たそれ。触れると少しひんやりした。
手に馴染む薄い茶色の表紙には何も記されていない。

一息飲んで表紙をめくる。少しだけ日焼けした紙。その上を走るのは見慣れた三蔵の字だった。
ごく最近書かれたようだ。インクの乾きが甘い。

「────悟空、」
声に出して読む。
三蔵が蘇ったみたいだった。





──────。

パラリ。
淡々とした文章に目を落として何時間経っただろうか。
インクが途切れた所で、ふう、と詰めていた息を吐く。
隠す程の内容など何もない。
ただ、三蔵と、悟空。
2人の生活がごく淡々と記されていただけだった。

三蔵らしいといえば三蔵らしい。

パラパラ、ほんの数ページ残った白紙のノートを何気なく捲る。
ふと、最後のページに目をやった。
そこだけは鉛筆で書いたのだろう、何度も書いて何度も消した跡があった。
うっすら見える、悟空、と言う字。
消しゴムをかけすぎて擦り切れた紙を、そっと人差し指でなぞった。
そして、きっと意図的に───三蔵が消し忘れた最後の文字を、悟空はそっと口唇で辿った。

『おまえとあえて、しあわせだった』




どんなに手のひらで拭っても、あとからあとから涙が溢れて止まらなかった。




end
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