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いつまでも、君とともに在れますように。



【game】



猿が色気付いた。
一緒に居る万年発情期赤馬鹿河童のせいか、はたまた傍迷惑な腹黒自称保父のせいか。
いつものように滞在先の宿屋で休んでいたら、顔を真っ赤にした猿は一斉にまくし立てた。

「俺、三蔵が好き!」
「で?」
「え?」

その日に限って買い出しのメンバーで揉めなかったのは、あの二人の差し金だったんだろうとあとで気付いた。くだらねぇ。

「お前はどうしたい」
「…三蔵の恋人になりたい」

撤回。馬鹿馬鹿しい事この上ない。
せっかくの休息時間を馬鹿のせいで潰されて頭にきた。
だからひとつ、賭けをすることにした。

「なら」
「え?」
「俺に参ったと言わせてみろ」

俺とお前の関係に変わりが来る日が来るとは思えない。
同性に抱く感情として、悟空に向けられる思いは俺の中で一番複雑だ。
父であり、兄であり、保護者であり。
それは全部悟空の数歩上の立場であって。
見下ろす、養う、守る。それはどれも上からの視線だ。
だから悟空と恋人という関係になることで、同じ土俵には立てない。
俺と悟空が同じ目線には、はっきり言ってなれない。
好きだ、という感情が無い訳ではない。
今の関係は俺が俺であり、悟空が悟空でないと成り立たない関係だ。
例えば空と海があって、それはどちらも青くて交わっているようにも見えるけど、決して交わらない。根本的に違うからだ。
俺は俺で、悟空は悟空。
それはとても複雑で怪奇な関係。交わらざるべきものだ。根本的に違う。
考えるだけで吐き気がする。

「三蔵!これでどうだ!!」
「効かねぇな」

あの賭けを宣言してから、悟空は何かと勝負を持ち出すようになった。
トランプ、麻雀、チェスに将棋。
どれもこれも俺に勝った試しはねぇくせに。
頭脳戦では勝ち目はないと悟ったのか、少し経つと体力勝負を挑んできた。
そんなところが馬鹿だっていうんだ、猿。
腕力だって跳躍力だって悟空には負けるが、俺が参ったと言わなければ買ったことにならない。

「ずるいんでないの?」
「何がだ」

赤毛の河童はじっとりと目を伏せた。
大概猿に事情を聞いたんだろう。

ハイライトを握る逆の手にはトランプが握られている。
頭脳戦でもう一度挑もうとでも思ったのか、猿。

「猿の告白の返事、してねぇんだろ?その挙げ句賭けにしたんだって?猿がお前に勝てるかよ」
「フン、当然だ。」
「うーわー、自信家…」
「あまり煩いとその眉間に風穴空けるぞ」
「銃殺はご容赦下さい…」

ふわりと煙草が煙る。
赤い目と髪を煙に隠して、河童は続けた。

「ひどいんでない?猿が可哀想だと思わねえ?」
「何とでも言え」

俺の気持ちなんざてめぇに分かってたまるか。

関係が変わることは怖い。
でも嫌われることのほうが、もっとずっと怖い。
いつからこんなに臆病になったんだ、俺は。


「ずるいんじゃないですか?」
「何がだ」

河童と同じ台詞。八戒が口を開いた。
猿はどこかで遊んでいる。未だに勝てる見込みがない戦いにも一人で明け暮れている。馬鹿だ。いつもと変わらず、馬鹿だ。

「返事をする気がないなら悟空にきちんと言いなさい。悟空が可哀想です。」

如何にも手前勝手な台詞だ。

「あいつは頷いた。」
「悟空は貴方が好きなんですよ」
「らしいな。湧いてやがる」
「全くですね。だれかさんも同じみたいですが。最も、変化を恐れて進むことも戻ることも出来ないみたいで。」

最上級の笑顔で、自称保父は言い放った。
放っておいてくれ。

「これで勝負だ!」
猿が来た。その手には長い紐が握られている。
紐の端と端は結んであって輪になっていた。

「あやとり。やろうぜ」
「…ああ」

はらり。赤い紐が猿の指の間を器用に滑る。
互いの中指に掛けた紐を伸ばすと、猿は目を細めた。

「三蔵の番」
「……」

煙草をくわえたまま、俺の指が猿の指に触れる。

途端、ぴくり。
猿の指が大袈裟に跳ねる。
形容し難い金色の目がこれ以上ないくらいに見開いて、瞬時に猿は真っ赤になった。
触っただけだ、落ち着け。馬鹿か。

「お前の番だ」
ゆっくりと伸ばした指の間を、微かに震える猿の指が滑る。

「俺さ」
「ああ」
「ずっと、三蔵が好きだった」
「ああ」
「三蔵は」
「あ?」
「…、何でもない」
しゅるり。紐は猿の指に絡まった。

「ありゃ」
「…馬鹿が。」
「また負けた」
「だな」
「三蔵には勝てねぇのな」
「あたりまえだ」
「これだったらって思ったのに」
「考えが浅はかなんだよ」
依然真っ赤なままの悟空の顔が、急に歪んでへらっと笑った。
震えていた指先には、儚く揺れる紐が。

「でも、三蔵のこと好きな気持ちだけは、誰にも負けない自信、あるから」
「…、馬鹿が」

本当にお前は馬鹿だ。馬鹿なところには、参った。そう心で思ってみる。
悟空に届くことは絶対に無い。俺の意図に気付く事はない。
そう、絶対に、無い。

意地でも俺はお前の前を歩き続ける。
お前の数歩先で、この気持ちが悟られることのないように平静を装っててやる。
だから、頼むから、走り寄って顔をのぞき込んだりすんな。
この世の終わりだけだ。俺が負けを認める時は。
参った、好きにしてくれ。そう呟く日は、きっとまだまだ全然遠い。

その時は、どうだろう。どんな気持ちなんだろうか。
猿は、、笑っているか?驚くだろうか。
その時猿は、悟空は……俺は。


最高の笑顔を俺のものだけに出来る瞬間。
それはきっと、甘美で曖昧で凄く残酷だ。
どうか、君とともにいつまでも在れますように。
ただそんな事ばかり、いつも頭の片隅で考えて。

「三蔵ー!飯早食い勝負だ!!」
「ふざけんな馬鹿猿!!」


どうか
どうか。
世界の終わりまでも、君とともに在れますように。


end


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