さくらのはなと | ナノ
春が好き。
花が芽吹いて、空が薄く柔らかくなって、木はざわめいて鳥がさえずる。
寒くもないし暑くもない。
昼寝するにも心地良い。



【さくらのはなとたいようと】


春。
いつもの昼下がり。
悟空は1人で寺院の裏の山に居た。
そよぐ風に促されるまま足を伸ばせば、柔らかな草が足裏を掠めた。
そんな心地良い日和の中、悟空は今ひとつ浮かない顔だ。
金晴色の視線の先には寺院の執務室。
その中で黙々と書類に眼を通しているであろう、この寺院の最高僧、三蔵法師。悟空でも安易に想像がつくその様子に、悟空は静かに溜め息をついて眼を伏せた。

――たしかさっきもすっげー顔色悪かったよな…―――

半刻前には仕事に押されて少し顔色が悪くなった三蔵と昼食を共にした。
「顔色悪いんじゃね?」と悟空が言えば「お前の眼が悪ぃだけだろ」と、にべもなく告げられ。
まぁいいか、と目の前の昼食に専念した悟空は、三蔵が半分食べる頃には三人前を丁度食べ終わり、三蔵の顔色を一層悪くさせた。

「なぁ、三蔵本当に顔色悪いよ?大丈夫?」
「…ああ。猿に心配される程俺は堕ちてねぇ。とっとと遊びに行け。」

そこまで思い出した所で、ガバッと悟空は顔を上げた。
――猿ってなんだよ猿って!!バカハゲすけべ変態くそぼーず!!せっかく心配したのに!!――
心の中でさんざんわめき散らした悟空は足元の石を小さく蹴った。

最近三蔵は物凄く忙しい。
いつものデスクワークに三仏神からの依頼、それから寺院の行事に説法に。
考えただけでも溜め息が出そうな仕事を、三蔵は苛々しながらも確実にこなしていった。
少し煙草が増えた気がする。
眉間の皺だって、消えているのは寝る時ぐらいだ。
その寝るとき、というのも夜遅くに帰ってきて朝早くに出ていくので、確実に寝れる殆ど僅かしかない。
慢性的な睡眠不足に陥っている三蔵はもとから細かった食もさらに細くなった。
このままでは三蔵の体は確実に壊れてしまうだろう。
少し息を弾ませながら、悟空は小さく呟いた。

「三蔵が死んだらどうしよ…」
「俺がどうした?」
「うわっ!?」
突然かけられた言葉に悟空は身をよじって振り返った。
視線の先には眩いばかりの金髪。

「さ、三蔵!?」
少しばかり顔色の悪いその顔を見つめれば、いよいよ三蔵は顔を歪めた。

「何だ」
「や…ううん何でもない…三蔵、仕事は?」
「バカみたいに書類に目を通すだけの仕事なんざやってられるか。休みだ休み。」
そう言い、三蔵は悟空の横にどかりと座り込んだ。
「…ん、そぉ…でも…」
横目で密かに三蔵を見やれば、「文句でもあんのか」と言い出しそうな紫暗とかち合い。
三蔵の機嫌を損ねるのは御免被りたたい悟空が無言で首を横に何度も振れば、三蔵はいかにも満足したように口端を吊り上げ、懐から煙草を取り出した。
「…、ひ 久しぶりだな。三蔵と…こーやって居るのも」
実際、三蔵と無言でこうして座るのもご飯の時間を除いては久しぶりだった。三蔵はなにも答えず、いつもの仕草でライターを取り出し。
カチリと金属音のような何とも言えない音を醸し出して、火は煙草の先端へとあてがった。
赤い炎で焼かれる刹那の緩い音は、いつでも一緒だった。
三蔵しか紡がない音。
ライターの音であったり、煙草を吐き出す吐息であったり。

「寂しかったか?」
「え?」
煙を吐き出すのと同時に、一瞬早く三蔵が告げた。
「構って貰えなくて寂しかっただろ、俺に。」
「……っな!」
言葉を理解するとともに染められた悟空の頬に、三蔵はまたも満足そうに口端を上げた。
いつだってそうだ。
悟空が寂しかったり辛かったりすれば、心の声となって三蔵へと届く。
それは時に悲しい程に切ない慟哭であったりするから。
だから届く三蔵にも、自然に影響が出るのが当然で。
三蔵の眉間に刻まれた皺は、そのまま悟空の悲しみ。
ふと、赤らめた顔のまま悟空が眉間へと手を伸ばす。

「…三蔵、今はここに皺寄ってないのな。」
「…、そりゃ…」


―――てめえが寂しがってないからな

「―――桜が、綺麗だからな。」
「そっか。」
へへっと頬を緩めた悟空は、三蔵に次いで頭上を見上げる。
「…本当だ、綺麗。」
「…ああ」
春風にふわりと桜の枝が揺れる。
笑顔はそのままに、悟空は三蔵へと視線を移した。
「桜も綺麗だけど、三蔵の金色もすっげー綺麗だからな!」
「……バカ猿。」
次の瞬間に触れ合った口唇は、一瞬だけですぐに離れたけれど。
赤くなった悟空と久しぶりに笑う三蔵は離れていた時間を埋めるように、いつまでも舞い散る桜の下で寄り添っていた。



end

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