定位置は薄氷の上 | ナノ

「玄奘くん!こっこれ、よかったら…」
突然差し出されたピンク色の包みを、三蔵は少々怪訝な顔つきで一瞥した。
毎度の事なのでもはや数える気にもならないが、恐らく6年に上がってから20回は軽く越えたであろう、自分を慕う女子からのプレゼント。
またか、と軽く溜め息をつき、その女子へ振り返ると、彼女は軽く身震いした。
真っ赤に染めた顔で恐る恐る三蔵を見つめる女子は、確か同級生が騒いでいた“学年1可愛い”と評判の子だった。
馬鹿臭いと思い、それ以前に興味のなかった三蔵はその会話に混ざることはなかったが、不意に思い出して益々面倒くさくなった。
これでは明日はまた学校で評判になってしまう。

「要らん」
「え…あ…」
拒否された包みを掻き抱き、彼女はその大きな眼から涙を零した。
当事者の三蔵は冷めた眼でそれを見、ふん、と鼻を鳴らし踵を返そうとした瞬間。
真っ赤な髪が自分の頬を掠め、そして腕が自分の肩に圧し掛かったのを感じた。

「まーまー、三蔵。せっかくのプレゼント、そんな無碍にすることねーじゃん。よかったら俺が貰おうか?」
「…悟浄」

おどけた口調で告げるのは、真っ赤な髪を後ろで一つに結んだ、クラスの悪友、沙悟浄だ。
家もわりと近所。それに近くには他に同い年の子も居ない。三蔵に負けず劣らずの容姿を持ち合わせ、その軽い性格からか友人も多い。
当然と言うか必然と言うか、とにかく学年1のカリスマ『玄奘三蔵』に気安く話し掛けれるのは、もうこの赤い髪の少年以外には居なかった。
肩に圧し掛かる重圧を振り払うように腕を上げ、今度こそ三蔵は踵を返した。
背後からは、激しさを増した女子の嗚咽と、悟浄の「待てよ、三蔵」という声が響いた。




輝く金髪と整った容姿で、三蔵は昔から注目を浴びる方だった。
当事者の三蔵はといえば、そんな外見だけで人を判断するのはどうかと思っていたし、外見しか見ない奴とつるむのも性に合わなかった。
そんな典型的な一匹狼の三蔵を、同年代の女の子は『クール』だとか言い出し。
気付いた時には告白を受けるようになっていった。

色事に関心を持ち出すのは、いつの時代も女子が早い。
勿論同年代の男子達も、やれ誰それが一番可愛いだとか、胸がでかいだとか、それなりの理由で主に悟浄を中心に騒ぎ出したが、そんな話を振られても三蔵は全く興味を示さなかった。

むしろ先程のように告白紛いのものをされても、はっきり言って迷惑としか思えない。
知らない人間から話し掛けられる事も、何かを貰うことも気持ち悪い。
毎回手酷く断るにもかかわらず、『三蔵人気』は下がるどころか上がる一方で、年々多くなるこの手の話に密かに三蔵は頭を痛めていた。

「三蔵、三蔵ってば、待てよ!!」
「…付いてくるな」

鬱陶しい。心底そう思いながら振り返れば、どこから持ち出したのか別の青い包みを抱えた悟浄が眼に映る。
あからさまに怪訝そうな三蔵の眼に気付いたのか、悟浄はどこか誇らしげに、へん、と鼻を鳴らした。

「ああ、これか?三蔵に渡してくれって別の子に頼まれてよ。」
やはりか、とこめかみに手を当て、三蔵は口を開いた。

「要らん…つーか、何でそんなもん渡したがるんだ、女子どもは。」
「残念!これは男からでした!!もー三蔵さまったら男からも女からもモっテモテ!!」
「うるせぇ」

思い切り悟浄を睨みつけ、最後に「それ捨てとけ。つーかやる。」と呟くと、三蔵は足早に道路を渡り、向かいの歩道へと降り立つ。
反対側の歩道には、未だプレゼントを抱えたままの悟浄が「いらねぇよ男からのプレゼントなんか!」と声を荒立てていた。
金糸を靡かせながら、車が吹き付ける風を切るように、足早に三蔵は歩いた。
下校時刻の今は、通学路にはまだ大量の小学生が居る。
ある者は三蔵に見とれ、ある者は友人とおぼしき人物と声を潜めて三蔵を見つめていた。
外見だけは最高なんだな、と今更ながら三蔵は嘲笑した。
幼い頃から、自分が人より容姿が秀でていることは朧気に自覚していた。
小学校に上がり、学業についてもスポーツについても抜きん出た才能は、徐々に容姿だけではない部分として他人の注目を集めるようにもなった。
ちなみに三蔵の父はこの街で1・2を争う規模の証券会社の社長だ。
その独り息子の三蔵は世間で言うところの御曹司。
“玄奘さんちの三蔵君”と言えば、この街のちょっとしたアイドルだといっても過言ではない。

…くだらない。三蔵はそう思った。
容姿は天からの授かり物だとしても、学業については必死で勉強した成果だし、スポーツだって人より何倍も努力している。
ただ、三蔵自身がそれを見せないだけの話で。

羨望の、或いは好意の視線はもうウンザリだった。
溜め息を一つ吐いて、三蔵は大きな自宅の門を開けた。
玄関まではまだ少し距離がある。
散りばめられた真っ白な庭石を蹴るように、三蔵は足早に進んだ。

「……?」

ふと、足元へと眼を落とした三蔵はくびを傾げた。
おかしい。
庭石には自分より小さな足跡が無数についていた。
それは玄関の方へと続いており、益々訝しながら三蔵は足を進めた。

玄関を遠目に見、三蔵は自分の予感が現実のものと知ることになった。


誰か居る。

強い癖っ毛の茶色の髪の、まだほんの子供だ。
泥棒、と呼ぶには幼すぎるその背中を凝視しながら、三蔵は玄関へと距離を縮める。
後ろ姿から察するに、近所の子供でもない。
白いTシャツから伸びる手は細く白く、その手は玄関の扉へと添えられている。

何にしても邪魔だ。
小さく溜め息を吐いた三蔵は、その子供へゆっくりと声を掛けた。

「おい、そこの」
「あっ…!」
「……っ!!」

三蔵は一瞬息を飲んだ。
振り向いた子供は、あどけなさを残すような顔つきで。まん丸な眼は見事な金色。
茶色の髪は風に靡き、まるでサラサラと音を立てているかのようで。
あどけない口唇は、一瞬驚きに大きく開いたが、やがて口元をふんわりと上げ。
柔らかく、笑んだ。

その微笑に三蔵の心臓がどくりと跳ねる。
その心音に翻弄されながら三蔵がゆっくりと口を開いた。


「…お前、」
「あんた、綺麗だな〜…」
「……は?」



玄奘三蔵12歳。
孫 悟空 7歳。

爽やかなある晴れた日。
2人の人生は交わった。


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