ふたりで感じた世界のすべて | ナノ
疲れたなんて滅多に口にしない。そんな三蔵も、今日だけは本気で疲れたと呟いた。
ここ、慶雲院の寺主となって一年、様々な行事をこなしてきたが、今日だけは全く勝手が違った。所謂、『誕生日』のせいだ。
生誕祭などと名を変えて、街中どころか西域各方面からこぞって信者が押し寄せた。三蔵が思う以上に三蔵の称号は絶大だ。三蔵さまのお顔を拝見させてくれ、と信者の声が外から漏れ聞こえてきた。
ーーーーそのうち、最悪なことになりそうだ。人間というものは欲深い。顔を拝むだけで済むものか。
そこで三蔵は、仏神へ感謝を伝える為と偽り人払をし、拝殿へ篭り読経を繰り返していた。日もかなり落ちた頃、香の匂いが染み付いた法衣を引きずって自室に戻ると、夕闇に静まり返った部屋で養い子は待っていた。

「あ、さんぞー。おかえり。」

彼は変わらず笑いかけてくる。
そんな悟空の顔を眺めていると、鬱々とした気分が少しだけ和らいだ。彼の笑顔にはなにか力があるに違いない。ああ、とにべもなく告げると、嬉しそうに近づいて来た。

「なんか、すっげー線香の匂いする」
「ああ。今日はずっと経を読んでいたからな。染み付いたんだろ」
「そーなの?珍しいな。ずっとなんて」
「…そういう日もある」
「ふーん」

ちっとも了承していないような口ぶりだった。そのまま、その金色の眼でじっと三蔵を見つめる。正確に言うと見上げている。彼と自分にはまだ少しだけ身長の差があった。
三蔵も何も言わず見つめ返した。ここで目を逸らせばなんだか負けるような気がする。それは気の所為なのかも知れないが、三蔵は死ぬ程負けず嫌いだった。

「さんぞー、疲れてる?」
「別に」
「嘘だ。ぜってー疲れてるだろ。」
「……」
「疲れた顔してる」

そして、核心を突いてくる。
表情だってどちらかといえば乏しい部類でよく人からは何を考えているか分からない、と言われることが常だ。なのになんで、この猿だけには分かるのだろうか。
訝しがんでいると、業を煮やしたのか、悟空はまた一歩、三蔵へと近付いた。彼と三蔵の間はもう20センチもない。
ともすれば吐息のかかりそうな距離で、ひたと視線をあわせたまま。

「…お疲れさま、さんぞー」

ひそりと、まるで三蔵だけに聞こえるように告げられた。悟空の声を受け取ると、三蔵はじんわりと心が動かされるのを感じた。
何故こんなにも安心するのだろうか。不思議でしょうがなかった。そしてその昂りのまま、目を閉じて悟空の肩に頭を預けた。
悟空の身体に意志を持って触れたのはこれが初めてだった。予想以上に、悟空の身体は細く、肩は小さかった。
悟空は三蔵の行動に驚いたのだろう、一瞬身体が強張り、そして詰めていた息をそっと吐いたようだった。

「……疲れた」

そっか。と彼は頷いた。茶色の髪が三蔵の頬を擽った。

「おれ、三蔵の役にあんまり立ってないと思うし、迷惑かけることが多いけど、でも、三蔵のこと、一番見てる。」

切実な悟空の言葉が、震えが、そのまま三蔵へと届く。これまでにないほど、三蔵の芯を揺さぶる、明瞭な力を持った言葉だった。
悟空は続けた。

「三蔵が疲れたら、おれの力分けてあげるし、三蔵にだったらご飯もお菓子もあげる」
「…飯はいい。てめぇが食え。」
「…そっかぁ。でも、おれの持ってるもの、なんでも。三蔵になら全部あげるから」

全く、どこがいいというのだろうか。
優しくした覚えも慈しんだ記憶もない。ただ傍らにいた。それだけなのに、この養い子はひどく嬉しそうに笑うのだ。まるで世界でたった一つの宝物を手に取ったように、屈託無く。その笑顔こそが、力なのだと。三蔵は心の中で呟いた。
その後、三蔵が飽きるまで、悟空は黙ってその肩を三蔵に預け続けた。



2014.11.29
三蔵ハピバ!
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