14 | ナノ
運命とは、

最もふさわしい場所へと、

貴方の魂を運ぶのだ。



【Harry go round 14】



ついにその時はやってきた。

「…あ、あれ?」

言い知れない違和感に、大きくせり出したお腹を撫でた。

秋も中盤、10月の終わり。
仕事を終わらせた三蔵と、今日は久しぶりに一緒に食事をとった。夕食はどれも悟空の好きなもので、きっと三蔵が厨房へ態々出向いてくれたに違いない。
仕事だって、たまたま早く終わったと言っていたが、早く切り上げてくれた筈だ。悟空は分かっていた。三蔵は何も言わないが、そこが彼らしいと強く思う。
夕食の後は三蔵専用の風呂に先程まで一緒に入っていた。まだ頭は半分濡れている。頬を上気させたままのそれを三蔵に見咎められて怒られそうになったばかりなのだ。
タオルで髪を拭って、ドライヤーを持ち上げたまさにその時。ぬるり、と生暖かい液体が股を滑り落ちた気がした。次いで、ピシリと腹に痛みが走った。両方とも今まで感じたことのないものだった。
そこで冒頭の言葉と態度である。
それをすぐに察知した三蔵はズカズカと悟空に詰め寄った。

「おい猿、腹が痛むのか?」
「ううん。別にそんなに…それより、何か出てきたみたい」
「…赤ん坊か?」
「違う。なにか液体みたいの。ちょっとトイレ行ってくる」
「大丈夫か?」
「大丈夫だと思うけど…三蔵、なんかあったらお願いな。」
「ああ」

神妙に頷くと、悟空はゆっくりと厠へ向かった。
対して三蔵は弾かれたように隣の部屋の本棚へと向かった。三蔵の頭の高さまである大きなものだ。本棚の上段は三蔵のテリトリーだった。下段には悟空の絵本がぎっちりと詰まっている。そこには目もくれず、中段に収まっていた『はじめての妊娠出産』の分厚い本を取り出した。
その本は、妊娠周期ごとに気をつけることと胎児の様子が書いてある、三蔵にはバイブルとなっているものだった。所々折目がついたそれを開き、迷いなく臨月のページを見つけた。

「……!破水…か」

指で辿った先には破水について記述があった。

『赤ちゃんを包んでいる卵膜が破れて、羊水が外に流れ出します。
ほとんどは陣痛がピークにさしかかるころに起こりますが、陣痛がはじまる前に破水することがあり、これを「前期破水」といいます。
これがお産のはじまりになる人もいて、前期破水すると、まもなく陣痛が始まりますので、急いで病院へ行きましょう。感染の危険がありますので、破水してからお風呂に入ってはいけません。』

「悟空!」
本を小脇に抱えて隣の部屋へと戻ると、厠から戻ってきたのであろう悟空がその場にへたり込んでいた。
歩いてきた足跡が小さな水たまり状になって点々と続いている。

「三蔵…なんか、水が、いっぱいでてる…」
「そうか、痛みはないか?水の他にはなにか出たか?」

悟空がこくりと頷く。まだ自分に何が起こったのか把握しきれていないかのようだった。当然だとも思う。痛みはないはずなのに、その額には大粒の汗の雫が浮いていた。ショックを受けているのかもしれない。

「悟空、大丈夫か?」
「うん。別にどこも痛くないけど…なんか、血もちょっと出てた…」
「そうか。病院行くぞ」
「うん…」
「歩けるか?」
「うん、でも動くと水が出る。どうしよう?」
「わかった。お前は歩くな。俺が連れて行く。」
「マジで…?」

驚き顔の悟空に、薄い毛布を掛けてやり、三蔵は一旦シャツとジーンズに着替えた。煙草と拳銃をポケットにねじ込み、はたと気付く。
拳銃は必要ないかもしれない。ただ、置いて行くことも頭になかったのだ。3秒考えて、拳銃は結局そのままにした。
それから御付きの僧へ声を掛け、にわかにざわめき立つ彼らを尻目に悟空を担ぎ上げ、病院へと急いだ。


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何度も通っている予定の産院へと辿り着いたのは、寺院を後にしてきっかり5分後だった。
悟空は一度も喋らなかった。三蔵の秀麗な顔から滴り落ちる汗をぼんやりと見やる。反対に毛布を握り締める手に驚くほどの力がこもっていたのか、真っ白になっていた。
ちょうど別の産婦も担ぎ込まれたらしく、病院には赤々と火が灯っていた。自然にほっとため息が出た。助かった。
ドアにも鍵はかかっておらず、悟空をかかえたまま慎重に押すと簡単に開いた。
奥では医師と看護師がばたばたとしている。ふと、医師がこちらに目を留め、どうしました、と声をかけてきた。

「ウチのが破水したようだ。頼む」
「分かりました。とりあえず診察させてください。そのまま連れてきてください。」
「ああ。」

医師に促されるまま、奥の診察室へと足を進めた。勧められた簡易ベッドへと悟空を降ろすと、巻きつけていた毛布の下肢にあたる部分がぐっしょりと濡れていた。
すぐに看護師によってそれが取り払われ、白いシーツのようなものが悟空の腹部へとかけられた。

「俺は出ている。何かあったら呼べ」

そう悟空に告げると、こくりと素直に頷いた。真摯なその目をひたと合わせて一度頭を撫でてやり、診察室を後にした。
そのまま外に出て、一気に肩から力が抜けた。ゆっくりと煙草に火を付ける。ついにこの時が来たかと、噛み締めながら吸い込む煙草は、いつもと同じ味なのに、不思議と違うような心地がした。




続く。

ついに出産です。長くなりそうなので一旦切ります。
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