11.5 | ナノ
全ては愛の成せる技。



【Harry go round 11.5】


ある日の昼下がり、慶雲院にて。
寺主の玄奘三蔵の執務室前。手には茶の入った盆を抱え、若い青年の僧侶が一人ドアの前にいた。
彼は利潤といった。ここ、慶雲院へは幼少時に入門した。数年間は寺の小坊主として仕え、青年になった頃に彼特有の才能を買われ、今や玄奘三蔵その人の側でお世話をする任を与えられたのだ。
恐る恐るドアをノックした。中の主の「入れ」との言葉に、張り詰めた空気の中ドアノブを引いた。少しでも非礼がないように、と伏し目がちに入室する。
中央に鎮座した黒檀の机。そこに玄奘三蔵その人が収まっていた。机の上はさっぱりとしている。灰皿と、纏められた書類。午前中の仕事を全て終えて今は休憩といったところか。その形のいい唇からはみ出しているタバコは細い煙をたなびかせていた。
利潤が入室しても彼は意にも介さない。机に広げた何かの雑誌に目を落としている。

「お茶をお持ちしました」

ピリピリと緊張していくのが自分でも分かる。あくまでも失礼がないように、彼の読書を邪魔しないように、さりげなくお茶をそばに置いた。
利潤は、自他共に認める程に空気を読むのが上手だった。彼は対人術とでも言うべきものを幼い頃から体得していた。その能力を買われて(一番三蔵を怒らせそうにない、と満場一致で役を推された)三蔵のお側仕えになったのだ。利潤がその任に収まってから、三蔵を怒らせたことは全く無い。そしてこれからも無いであろう。
ほっと息をつくと、三蔵の読んでいる雑誌が目に入った。
カラーで刷ってある大判の雑誌。女性の妊娠中の生活やあれそれが特集してある、寺院で生活しているものには全く関係ない雑誌ーーー。

たまごくらぶ。

利潤は混乱した。
三蔵様ともあろう方が何故そんな雑誌を読んでいるのか。単なる趣味かそれとも性癖か?仏道に帰依しているのに煙草も酒も銃すら携帯している全く僧侶らしくない彼が、まさか妊婦好き?
ぐるぐると色々な思いが巡った利潤はその場に立ち尽くしてしまった。
その一瞬の混乱が、三蔵には不審に映った。雑誌から顔を上げると、直立不動の利潤をじろりと睨め付け。

「…オイ、茶を置いたらサッサと行け」
「は、失礼しました。書類が出来ていらっしゃるのであれば、そちらは私がお持ちしようかと思いまして…」
「そうか。頼む」

間一髪。
焦りや混乱は全く表情には出さずに彼は書類の束を手にして執務室をそそくさと後にした。
静かに閉めたドアの向こうから聞こえた「妊婦マッサージ…」という呟きも聞かなかった事にした。何故なら彼は三蔵側仕えの僧侶である。
見ざる聞かざるを鉄則に、彼は今日も仕事に励む。



ーーーーーー


ある日の夕刻。三蔵の私室にて。

「三蔵、何読んでるんだ?新聞ここにあるぞ?」
「…たまごくらぶ」
「えっ!?」
「なんだ、その顔は。」
「…誰が買ったの?」
「俺だ」
「………気持ち悪くなった…」
「悪阻か」
「多分違うと思う…絶対」



ーーーーーー




ある日の早朝。三蔵の私室にて。
薄暗い部屋の中、ベッドには二つの膨らみ。そのうちの一つ、モゾモゾと動く影。
ゆっくりと起き上がったのは悟空だった。真っ青になった顔で口元を手で押さえている。
横で寝ていた三蔵は目を開けた。うっすらと明るさを纏った部屋で、悟空の横顔は白く浮かび上がっていた。

「…おい、辛いのか?」
「…ぅ、ごめんさんぞ…起こした?」
「いや、いい。戻しそうならそこにバケツ置いてある。そこにしろ」
「ん…ッ!!」

ベッドから飛び起きると、悟空はバケツへと俯いた。
暫くそのまま、時折呻き声もバケツの隙間から聞こえた。
三蔵も続いて起き上がり、俯く悟空の背中を撫でた。ゆっくり、何度も。

「………」
「……ごめん…」
「何か飲むか?」
「いらない…」
「そうか…」

朝はもうすぐやってくる。





ーーーーーー


ある日の夕刻。三蔵の私室にて。

「レモネード」
「いらない」
「トマト」
「いらない」
「芋」
「いらない」
「コーラ」
「いらない」
「肉まん」
「匂い嗅いだら死ぬ自信がある」
「…何が食いてぇんだ?」
「ごめん何もいらない」

まだまだ悪阻は続く。


ーーーーーー





小話でした^_^
悪阻系はこれで終わりです。
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -