11 | ナノ
所詮は人間、いかに優れた者でも
時には我を忘れるものだ。



【Harry go round 11】




「妊娠3ヶ月ですね。」

診察前に記入した問診票に目を通しながら、医師は目の前の人物達にはっきりとそう告げた。
左から金髪の派手な青年、茶色の髪の少女、そして黒髪の青年。三者三様の表情をしていた。
最初に青くなったのは黒髪の青年だった。立ち振る舞いからしてしっかりしている。父親はこの青年かもしれない。
続いて反応したのは金髪の青年。特に表情を変えることなくじっと医師を見つめていたが、フン、と意にも介さない様子で腕組みをした。
最後に少女がやっぱり、という表情をして項垂れた。茶色の髪がぱさりと肩を滑り落ちた。

「先程内診でエコーを撮りました…ここに胎児がいます。見えますか?心音も確認できます。」
「そうですか…」
「記入いただいた最終月経から数えても9周目に入っていますね」
「3ヶ月なんですね…」

がっくりと肩を落とした黒髪の青年は気遣わしそうに隣の少女に目線を移した。少女はまるで信じられない、とばかりに医師と渡された写真とを交互に見ている。
すると、金髪の青年が憮然と口を開いた。

「おい、出産予定日はいつだ」
「そうですね…大体なんですが、10月の終わりくらいかと。」
「産むんですか!?」
「俺が産むわけねぇだろ、コイツだ」
「そんなこと分かってますよ!誰もそんなこといちいち確認しませんよ…状況が状況なんです。そんな即決しないで少し考えましょう!悟空、大丈夫ですか?」
「う、うん、だいじょーぶ」
「顔色が悪いですよ、気分が悪いんじゃないですか?帰りましょう」

そう言って黒髪の青年は少女の肩を抱いた。少女はこくんと頷き、丸椅子から腰を上げた。
金髪の青年はそれをちらりと見ると、舌打ちをして立ち上がった。

「出産をご希望の場合も予約が必要になりますのでまたおいで下さい。どちらにするにしても、お早めに」
「はい、分かりました。ありがとうございました。」
「ありがとうございました」
「邪魔したな」

一礼する黒髪の青年らを見送りながら、医師はこの三人は一体どんな関係なんだ、と少し混乱した。


ーーー


「悟空、ゆっくり考えて下さいね。僕は悟空の味方ですから。貴方が決断することなら、どんな事でも応援しますからね。」
「うん。色々ありがとう、八戒。」
「お大事に」

にっこりと笑う八戒につられて悟空もにっこりと笑った。
八戒にジープで寺院まで送ってもらい、ご丁寧にも抱き抱えられて部屋まで運んでもらってベットへと降ろされた。当然後ろをついて来た三蔵はいい顔をしていない。不機嫌オーラ垂れ流しだ。
いい子、と悟空の頭を何度か撫でて、八戒はスッと振り返った。

「三蔵」

そこには腕を組んで八戒を睨み付ける三蔵がいた。八戒は構わず続ける。

「貴方には言いたいことが山ほどあります。」
「奇遇だな。俺もだ」
「そうですか。受けて立ちたい所ですが、僕は悟空が心配なんです」
「だったらさっさと猿を休ませろ。とっとと帰れ」
「言われるまでもありません。悟空を大切にしてあげてください。…これ、レモネードです。悟空が飲めていたので差し上げます。あまりにも悪阻が酷い時にはこれを水で溶いて飲ませてあげてください」

片手に下げていた袋を三蔵へと渡すと、擦れ違い様に低い声で告げた。

「…ここじゃ環境が悪すぎます。僕が悟空を引き取ってもいいんですよ」
「ふざけんな」
「では、失礼します」

コツコツと足音を響かせて八戒は部屋を後にした。
扉を厳重に閉めて鍵まで掛けて、三蔵は悟空のベットへと腰を下ろした。ベットの上の悟空は俯いて布団の端を握り締めた。

「…なんか、ごめん。騒がせて」
「いや…」

それきり、二人とも言葉が続かなかった。お互い沈黙したまま、数分が経った頃。不意に三蔵が口を開いた。

「気分はどうだ。吐き気はあるか?」
「あ…えっと、ちょっと気持ち悪いけど、そんなに吐くほどじゃない」
「飯は食えるか?」
「…あんまり欲しくない」
「そうか。横になっていろ」

徐に三蔵が立ち上がる。そのまま彼は部屋を出て行った。悟空は三蔵の言葉通りにベットへと横になった。

自分の身体がいつもより違うことは分かる。気分の悪さも去る事ながら、下腹部にジワリと痛みまである。まるで、月のもののような、違和感のある痛み。
自分の身体の中に息衝いているものの所為だろうか。先程の医師が見せてくれた写真が蘇る。
腹の中に芽吹いた、三蔵の種。
ーーーこれから自分はどうなるのだろう。
三蔵はどうするのだろう。そしてどう思っているのだろうか。

そこまで考えたところで、三蔵が何かを持って帰ってきた。途端に悟空は起き上がる。

「起きなくていい…飲めそうなら飲め。」
「…ありがとう」

それは、さっき八戒が置いていったレモネードだった。三蔵が作ったに違いない。
なんだか信じられない。差し出されたそれを怖々受け取って、悟空は笑った。

「なんか、三蔵優しいな」
「うるせぇ」

照れ隠しなのか、三蔵はそっぽを向いたまま、またベットへと腰掛ける。それを見つめて、悟空はゆっくりとコップへ口をつけた。

「…おいしー。ありがとう、三蔵」

飲み始めると、一気に喉を通った。
カラになったコップをサイドボードに置くと、ふと、三蔵がこちらを見ている事に気が付いた。
カッと顔が赤くなるのを感じた。三蔵の表情は変わらない。何を思っているのだろうか。悟空は顔を赤くしたまま、三蔵を見つめ返した。

「な、何…?」

三蔵は答えなかった。代わりにゆっくりと間を詰めて、ついには悟空の目の前へと落ち着いた。

「三蔵、」

彼は何も答えない。
その紫の目がすっと細められる。
続いて筋張った手が、悟空の下腹部へと添えられた。

「な、なに…」
「…ここにいるのか」
「え?」
「ここに、俺の子がいるのか」

淡々と三蔵は続けた。言葉の中には何の感情も籠っていなかった。
ただ確認するために紡がれたような、そんな声。
今度は悟空が沈黙した。
三蔵がどう思っているか、ぼんやりと分かったような気がした。
ーーー拒絶される。
当然だと思った。三蔵は見かけと中身はともかく僧侶だ。自分だって少し前まで男だった。いきなり女の身体になっただけで、その上子供が出来たなんて。産み落として育てるなんて想像すら出来ない。
でもこのお腹に宿った小さな命の事を考えると、胸が痛む。
他ではない三蔵と睦み合って宿った命。産めないとなると、殺すしかないのではないだろうか。
ズキン、と心が痛んだ。その時。

「産め」
「……え?」
「だから、産め。小猿ぐらい、今更増えたところで変わらん。」

今、なんて言った?
三蔵から紡がれたとは信じられない。悟空は半ばぼんやりと三蔵を見つめた。
三蔵は笑っていた。いや、笑っているような顔をしていた。目を少し伏せて、口の端を少しだけ上げて
今までに見たことがない、柔らかい表情をしていた。
途端に悟空は胸が詰まってしまって、言葉が上手く出なかった。代わりに三蔵へときつく抱きついた。
抱きしめ返してくれた手は、やっぱり優しかった。



続く。




問診票に最終月経を書いたのは三蔵です。悟空の身体のことならスリーサイズだろうが生理周期だろうがなんでもわかるんだよ^ ^

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