ハリー9 | ナノ 生理って食えるの？
【Harry go round 9】
午後、少し気分が良くなった、と、悟空がベッドを抜け出してきた。
八戒と悟浄はお互い平静を装った。悟浄は「三蔵と励みすぎて寝不足なんじゃねぇのか」と軽口を叩いて八戒に睨まれ、八戒は「顔色が良くなりましたね」と優しく微笑んだ。
「悟空、貴方生理はいつですか？」
「生理って何？食えるの？」
八戒に淹れてもらった冷えたレモネードを飲みながら、悟空は首を傾げた。八戒は笑顔のまま続ける。
「女性になってから、局部から出血することはありませんでしたか？」
「あー…、あれな。あったよ。」
嫌そうに顔を顰める悟空を見て、さすがの悟浄も話題が話題だけにからかう事もなく静かにコーヒーを啜った。
「最後がいつか覚えていますか？」
「……たしか結構前だったような気がする。そういえば最近ないかも。わかんねぇ。」
「そうですか」
「何でそれ聞くの？俺の気持ち悪くなったのと関係ある？」
「うーん…あるかもしれないから聞いているんですよ。」
八戒は苦笑する。もともと悟空は男性だった訳で、突然女性になったに過ぎない。確かに生理周期など把握していなくて当然かもしれない。
ここは下手に遠回りなどせずに本題に入るべきかと、八戒は腹を括る。
「悟空。落ち着いて聞いてくださいね」
「なに？」
「貴方のお腹に赤ちゃんが宿ったかもしれません。」
「…え！？」
「先程の生理を聞いたのもその可能性があるからです。妊娠の初期症状といえば生理が止まることと悪阻…気持ち悪くなることですから。」
「えええええ！？？そうなのか？？」
「ええ。でもまだ本当に妊娠しているか分かりません。あくまでもその可能性がある、です。この妊娠検査薬を使って確認してみましょう。」
コトリ、とピンクの細長いパッケージを台に置いた。先程悟浄を脅して買いに行かせた、妊娠検査薬。
悟空は半信半疑なのか、そのパッケージを食い入るように見つめた。
たまらず悟浄が横から口を挟む。
「食うなよ」
「食うわけねーだろ！」
「そうですよ悟浄。風穴空けますよ？」
真っ赤になって怒る悟空の横で完全に八つ当たり気味の八戒の笑顔が炸裂した。これ以上口を出したら間違いなく頭か体に風穴が空く。悟浄は口を噤んだ。
「悟空、使い方はここに書いてあります。ともかくこれで確認してみましょう。違ったらそれに越したことはないんですから、さあ。」
「う…うん。これ…どーやって使うんだよ…体温計？」
ぺりぺりと外装を剥ぐと細長い白いまさしく体温計のような緩いシルエットが姿を現した。
見かけは体温計のそれに似ている。
「違いますよ、そこを引っ張ったら開きますから…そう、そこの白い部分に尿を掛けて下さい」
「え！？ションベンかけるの！？」
「そう書いてありますから…掛けたら蓋を元に戻して平たい場所に置いてください。ここの窓に線が2つ出たら妊娠確定です」
「マジかよー…分かった。してくる。」
検査薬を持ってトボトボとトイレに向かう悟空の背中を悟浄と八戒は見守った。八戒はその両手を組んでそこに頭を預けたスタイル、悟浄は卓に肘をつけ、方杖をついた。
手持ち無沙汰にジッポーをいじっていると、八戒がひっそりと声を出した。
「もし本当に妊娠してたらどうしましょう。もしかしたら三蔵を殴ってしまうかもしれません」
「お前悟空の母親かよ」
「本当、うちの娘に手ぇ出しやがってレベルですよ。正直ブチ切れそうです」
「うわー…」
八戒が悟空を可愛がってるのは勿論知っていた。だが、ここまで濃い愛情だったとは。悟浄はタバコに手を伸ばしたが、八戒の冷ややかな視線に気付いて慌てて仕舞った。
今八戒の機嫌を損ねることをしたら正直命がないかもしれない。
悟浄はまんじりともせずに、ただ時間が過ぎるのを待った。目の前の八戒が静かに「三蔵絶対許しません…」や「悟空はまだ16ですよ…」などとブツブツ呟いているのを聞きながら。
暫くして、顔色が真っ青になった悟空がトイレから出て来た。
同じく真っ青なラインが見事に2つ出た妊娠検査薬を手に持って。
八戒と悟浄はそれを覗き込んで悟空と同じく青くなった。
「うわー…これ妊娠確定」
「まだ分かりません！！まだ分かりません！！悟空、三蔵にも話しますから病院で診てもらいましょう！万が一ということもあります！」
「うん。そうだよな。病院行く」
「ジープで送りますから一旦寺院に帰りましょう。病院に行くなら三蔵も一緒の方がいいですし。」
弾かれた様に悟空へ上着を羽織らせてその上から毛布で包みジープに乗せ、悟浄に留守番を事付けて八戒は悟空とともに寺院へと向かった。
そんな二人を乗せたジープを見送りながら、悟浄は珍しく三蔵の身を案じた。これから起こるであろう諍いに背筋を凍らせながら。
桜がチラチラ舞う3月下旬の出来事だった。
続く。
次回、ママ（八戒）vs彼氏（三蔵）的な。個人的に八戒が悟空を猫可愛がりするのが好きなんです。