天宮05 | ナノ






幸福論





※拍手再録


「静さんが幸せな時ってどなんですか?」
唐突にそう聞かれて、天宮静は困ったように眉を潜めた。
真冬の昼下がり。何時もの凍てつくような寒さが少し緩んで暖かい日差しが室内にあるグランドピアノに降り注いでいる。
よく日が当たる特等席の床に座ってぼんやりと譜面を見ている時に現在結婚を前提に同棲しているかなでがそう聞いてきたのだ。
「難しい質問だね」
しばらく考えて、静は降参した。幸せな時。そう聞かれても中々言葉にするのは難しい。不幸を知らなければ幸せなのかもしれないし、あるいは不幸を知らなければ幸せも知ることはできないのかもしれない。
だが、かなではえぇっと声を上げて静の傍に腰を下ろした。
「そうですか?単純な質問ですよ」
「じゃあかなでさんはどんな時幸せなの?」
「え、私ですか?」
「そう、参考までに」
教えてと乞うとかなではううんと眉根を寄せた。
「笑いません?」
「笑われるようなことなの?」
「違いますけど」
どうしようかなと渋るかなでに静は興味を向けた。普段から天真爛漫な彼女が言い淀む幸せとは一体なんなのだろう。

まさか浮気している時…とかいう答はないだろうけど

あったら間違いなく静は相手を何か鋭利なもので刺している。だいたいかなでにはそんな甲斐性はないだろうと、いささか失礼な事を考えて静は苦笑した。
かなではそれをどう捕らえたのか、ううんと唸って静を見ると、しょうがないなと口を開く。
「じゃあ当てて下さい」
「当てる?当たるもの?」
「ヒントをあげます」
静の問いには答えず、かなではぴんと人差し指を立てた。
「それは一人では幸せになれません」
「…つまり二人以上必要ということだね」
「はい、しかも特定の人間です。答えはなんでしょう?」
「なんだろう…情報が少ないな」
静はううんと首を捻った。二人もしくはそれ以上の人数で行う行為は数えればキリがないほど存在する。
かなではしょうがないなと人差し指に続いて中指も立てた。
「それは割と身近にあります。でも中々そうなるのは難しいんですよね」
「ふぅん、何かお金がかかるとか?」
「そんなのじゃありません」
苦笑して首を振るかなでに静は再び首を傾げた。
「みっつめのヒントはないの?」
「静さん、欲張り」
「分の悪い賭けはしない主義なんだ」
「何も賭けてませんけど…まあいいか」
にっこりと笑う静にかなではやれやれと肩を竦めて今度は薬指も立てた。
「だいだいだいヒントです」
「うん」
「ちなみにこれが最後のヒント。解らなくても何か答えて下さいね」
「…わかったよ」
「じゃあ、ラストヒント!」
かなではそう言ってにっこりと微笑んだ。
「今の状態が調度その時です」
「え」
「あー、幸せ!静さん答えて下さい」
「えー」
静はしばらく悩んで、それから横に座るかなでを見た。
「自意識過剰でも許してくれる?」
「はい、静さんならなんでも」
許しますと当たり前のように微笑まれて静もまた微笑み返す。
「じゃあ、答え…僕とこうやって喋ること?」
そういうとかなではうーんと悩んでそれから残念と呟いた。
「半分正解です」
「じゃあ正確には?」
「…笑いません?」
「笑わない」
かなでの台詞に静がこくりと頷く。
かなではほんの少し頬を赤く染めて、それから静が先程までみていた譜面を手にとった。
「静さんの興味が譜面より私に向く時です」
「……え?」
「意外と少ないんですよ?」
目下ライバルはこの譜面。そういって笑うかなでに静は一瞬言葉を失って、それから感じた暖かい感情に幸せだなと微笑んだ。

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