大地05 | ナノ



「大人にしてください」
そういってやってきたかなでに榊大地は一瞬言葉を失った。









正しいオトナのススメ









季節は冬、街角では定番となった『諸人こぞりて』のアレンジ曲が鳴り響き、世間はクリスマスムード一色だ。
今年の夏の終わりから付き合いはじめた榊大地と小日向かなでにとっては初めてのクリスマスで、お互いクリスマスデートを楽しみにしていた―――のだが。
デートの待ち合わせ時間にいつもより僅かに遅く・・・といっても待ち合わせ時間の5分前ではあるのだが・・・やってきたかなでは挨拶もそこそこに開口一番とんでもないことを切り出した。
思わず面食らって固まってしまった大地にかなでは僅かに頬を紅潮させる。
「私、大人になりたいんです」
「お、大人って」
クリスマスなだけにまさか私をプレゼント・・・などと一瞬卑猥な事を考えた大地は次のかなでの言葉で頬を別の意味で紅潮させた。
「私こどもぽいから・・・大地先輩と同じくらい大人っぽくなりたいんです」
「あ・・・そ、そうだね。大人っぽく・・・ね」
純真なかなでの言葉に大地は自分の汚れを感じて肩を落とした。
ちょっと考えてみればわかったことなのだが高まるクリスマスムードが僅かに大地の思考を鈍らせていたらしい。

俺の脳みその中でジングルベルでもなってるんじゃないか?

半ば自虐的にそう思いながら、大地は返答を待ってじっとこちらを見上げてくるかなでに微笑を返した。
「大丈夫、俺は今のひなちゃんが一番だよ」
「でも」
別に大地とて、オトナな階段を上りたくない訳ではない。むしろ可能なら今すぐ彼女とセックスをしたいが、かなでの思考も成長も普通よりはスローだ。かなでを傷つけずにいたい大地はそう言って笑ってみせた。
いつもならそれで彼女が納得して引き下がる満点の返答を返したはずなのに、かなでの表情は晴れない。それどころか眉根をくっとよせてどこか悲しそうな表情をしている。

いつものひなちゃんらしくないな、どうしたんだ?

不安になって彼女の顔を覗き込むと、かなでは一瞬むぅっと押し黙って、それから意を決したように口を開いた。
「やっぱり駄目です!だってクリスマスは大人の階段を上る日なんですから!!」
「・・・・・・ひなちゃん」
「はい」
「ちょっと喫茶店に入ろうか」
かなでの爆弾発言に大地はそういって柔らかな笑みを返した。




「で、誰がそんな事を言ったのかな?」
駅前近くの喫茶店の片隅で大地は自身を落ち着かせる為コーヒーを一口飲んでから、そう切り出した。
かなでは目の前にあるオレンジジュースには手をつけず、大地の向かいの席に座って自分の膝を見つめている。
「言いません」
頑なに自白を拒むかなでに大地はやれやれとため息をついた。
こんなくだらない悪戯を仕掛けた人物はどうやらきちんと口止めまでしてくれているらしい。

まったくどうしてやろうか

頭の中でその人物に罵詈雑言を浴びせながら、そんなことは毛ほども見せず大地はふふっとさわやかな笑みを浮かべた。
「じゃあ質問を変えようか。その人はほかに何かいってた?」
「え?えーと・・・クリスマスは大人の階段を上る大事な日だから下着は新しいのをきちんとつけていくように、基本は赤だが君の場合は白もしくはピンクがベストだな・・・と」
「・・・・・・・・・支倉か」
かなでの言い回しに大地はやはりなと内心舌打ちをした。
支倉ニア。あの女狐はどうやっても二人の仲をかき回したいらしい。
違いますよと慌てて否定してくるかなでは明らかに動揺をしていて、大地は自分の導き出した答えに確信を持った。
「まったく、あいつは」
一度何か言ってやりたい気分になるが、彼女は困ったことに愛しいかなでの大親友である。
かなでが悲しむ顔を考えると結局は犬に噛まれたと思って諦めるより手段はない。
対するかなではばれてしまった事が悲しいのか目を潤ませてこちらを見ている。
「に、ニアは私を心配して言ってくれたんです。都会のクリスマスなんて私どうしたらいいかわからなくて・・・い、いままでクリスマスデートなんかしたこともなくて」
もともとは山育ちのかなでにとって今回が初のクリスマスデートなのだ。かなでも不心得であることを不安に思ってニアに相談したのだろう。
そう思うと微笑ましくなって大地はテーブル越しにかなでの頭をなでた。
「よしよし、大丈夫。俺にまかせて」
プランはちゃんと練ってきてあるよとウインクして答えるとかなではほっとしたように息をついた。
「ごめんなさい、大地先輩。でも私も何かしたくて」
「気持ちだけで充分だよ」
さあジュースを飲んで出かけようかとかなでに言うとかなではうんと素直に頷いて、それからはたと動きを止めた。
「あっ…でも大人の階段は・・・」
「それはまた今度」
「せっかく新しい下着もつけてきたのに」
「・・・・・・それもまた今度・・・・・・かな?」

無自覚にしろ、どれだけ自分の理性を試せば気が済むんだろう

半ば辟易しながら、大地は本当にオトナな時間を過ごしてやろうかとこれから後のプランをもう一度頭の中で練り直したのだった。




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