アホ子と確信犯



恋人なんですか?

突然そんなことを聞かれ、かなでは目を丸くした。
目の前には自分と同じくらいの身長の女の子が真剣な顔で立っている。
見たことのない顔ではあるが、服装で普通科の二年生ということだけは把握できた。
普通科の二年生に知り合いはいないから、多分知らない人だと、かなでは女の子をみる。
「えっと、なんの話かな?」
「とぼけないでください」
かなでの言葉に少女はそういってかなでを睨みつけた。かなでとしてはとぼけているつもりは毛ほどもなかったので、一瞬呆気にとられる。
少女は怒りのためか顔を真っ赤にしてかなでに詰め寄った。
「榊先輩と付き合っているんでしょ?」
「え」
「榊先輩いってました…好きな人がいるって…貴女なんでしょ」
「えぇぇっ」
突然の発言に頭が追いつかない。榊、というのはおそらくかなでと同じオーケストラ部に所属する副部長、榊大地のことだ。
確かによく一緒にいたり、ご飯を食べたり練習したりはするけれど、彼女がいうような関係では断じてない。
確かに心の中では好きだなと思っていたりするけれど、悲しいことに完全な片思いだ。

何かの間違いだよ

少女の言葉を否定しようとかなでは口を開き、だが言葉が吐き出される前に何者かによって口を塞がれた。
「はーい、ストップ」
張り詰めた空気を消すように陽気で明るい声が頭上から響く。
聞き慣れたその声にかなでは目を輝かせ、対する女の子の顔が僅かにひきつった。
「ひなちゃんに聞くのは反則だろ?」
もがもがと何か喋ろうとするかなでを押さえつけたまま、陽気な声で男はいう。声だけ聞けば穏やかで明るいいつもの先輩だが、少女にはそう見えなかったらしい。
顔を真っ青にし数歩後ろに下がった少女は、悔しそうに顔を歪める。
「聞くなら俺に直接ききなよ」
追い討ちのように大地が言葉を発した。
少女は唇をわななかせ、なにか言おうと口を開き、しかし結局失礼しましたとだけいってその場を去っていった。
それを見えなくなるまで目で追って、男はようやくかなでを放す。
覆われていた口元を解放され、かなでは大きく息を吐いた。
そのまま身を反転させ、正面にたつ大地を見上げる。女の子を追い返すのにいったいどんな表情をしているのだろうと思っていたが、意外にも大地はいつものように陽気な笑顔を顔に貼付けたままかなでを見下ろした。
「危ないところだったね、ひなちゃん」
「ええっと、ありがとうございます」
とりあえず危機から救われたことに頭をさげ、かなでは自分の胸元に手をあてた。

まだ、心臓がドキドキしている。
触れていた大地の手の熱さがまだ唇に残っているようで、顔全体が火照る。

だめだめ
違うのに
勘違いとかしちゃ駄目なのに

大地先輩はだれにでも優しいんだと心の中で言い聞かせ、かなでは顔をあげた。本当は心臓がまだドキドキしているけれど、それを隠すように笑う。
「それにしても私と大地先輩が付き合ってるなんて…」
「なんて?」
「絶対有り得ませんよね、どうしてそんな勘違いをしちゃったんだろう」
かなではそういって首を傾げ、ふと視界に先程まで自分の口を押さえていた大地の手が目に入った。
ビオラを弾く、大きな手。その手が僅かに濡れている。
その水分の正体に気づいてかなではあわあわとポケットからハンカチを取り出した。
「わ、大地先輩ごめんなさいっヨダレついちゃってますっ」
勿論意図してやったことではないにしろ、これは恥ずかしい。
ハンカチで大地の手を拭こうと、かなでは手を伸ばし――その手を目的とは別の手に拘束された。
「え、ちょっ大地先輩?」
かなでがあわてて大地を見上げると、大地はいつもの笑顔を浮かべたままかなでをみる。
「なんで拭いちゃうの?もったいない」
そういって拭こうとしていた手を自分の口元まで持っていき、こともあろうにぺろりとその濡れた部分を舐めた。
あまりの光景にかなでは顔を真っ赤にして、大地を見上げる。
「あの、その、手…」
「ねえ、ひなちゃん」
慌てるかなでとは対照的に大地は悠然と微笑み、そのままかなでを抱きしめる。
「どうして俺と君が付き合う可能性はないの?」
ゆっくりと耳元にささやかれ、かなではえっと顔を上げた。
「俺は君が好きだよ。嘘じゃない。あの子に告白された時にそういったんだ…まさか君に直接問い質しに行くとはおもわなかったけど」
大地はそういって抱きしめるかなでの背中を撫でた。その感触にかなでは肌を泡立てる。いろいろ有りすぎて頭の中の処理が追いつかない。

大地先輩が唾液のついた手を舐めて
大地先輩がわたしを抱きしめて
大地先輩がわたしを好き?

「あ、あの」
「なんでそう思うのかなぁ」
どうにか頭を整理して口を開いたかなでに大地は微笑む。いつもの微笑みなのに、どこか恐さを感じてかなでは萎縮した。それでも、伝えなくてはと必死に喉から声を押し出す。
「わ、わたしも大地先輩が好きです」
ぴたりと背中を撫でていた手が止まった。
「でもわたし可愛くないしドジだし頭もあんまりよくないしとろくさいし」
えっとそれから、と自分の欠点をあげていくかなでに大地は微笑んでかなでを強く抱きしめた。
かなでは慌てて大地を見上げ、それからあきらめたように脱力し怖ず怖ずと背中に手を回す。
小さな手が自分にしっかりとしがみついていることを確認して大地は微笑んだ。
「そんなの、全部知ってる。そんなひなちゃんが大好きなんじゃないか」
「え、でも」
「だからさ」
反論しようとするかなでの口を指先で塞いで、大地は笑う。
「だから、今度は俺の駄目な部分を知って?嫉妬深くて強欲な」
そういいながら大地の顔が近づき――その言葉にかなではゆっくりと頷いて目を閉じた。


2010/03/08
後書き
コルダ3小説。甘甘?やっぱり意味はない感じ。プロットたてたら一回裏に行きそうになりました。コルダのエロ担当?とりあえず嫉妬大爆発でいろいろやってくれそうな人ですよね。そしてまたしても題名が…とりあえず大地先輩は好きです。必須親密度がやけに高いのはいただけませんが…素直に750くらいで落ちておくれよ。


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