大地02 | ナノ




突きつけられる三行半





※拍手再録


榊大地はワンルームマンションの一室で机の上におかれた一枚の紙をじっと見つめていた。
実際に実物を見たことはなかったが、テレビの画面では何度か見たことのある代物だ。何度も紙上部に書かれた文字を確認し、大地はゆっくりとテーブルの向かいに座る小日向かなでの顔を見た。
「・・・俺の目が確かなら離婚届って書いているような気がするんだけど」
その言葉にかなでの肩がびくっと震える。俯いているせいで表情は見えないが髪の間から覗く白い肌は異常なほど赤く染まっていた。
「・・・ひなちゃん?」
「あ、あの」
可哀想なぐらい真っ赤になってしまったかなでに大地がそっと声をかける。かなでは俯いたまま捲くし立てるように声を上げた。
「市役所・・・行ったんです。そしたらそのニアに会って・・・その、そのときちょっと調子が悪くてお手洗いに行こうとしたらじゃあ変わりにとってくるって言ってくれて」
「・・・・・・」
「か、確認しなかった私が悪くてニアに悪気は」
いや、あるだろうと大地は内心突っ込んだ。なければ婚姻届と離婚届を間違えるはずなどない。そう、婚姻届。本来このテーブルにのるのは婚姻届だったはずだと大地は思った。かなでと大地が付き合い始めてもう随分年月がたった。晴れて医学部を卒業した大地は歯牙ない研修医ながらもどうにかかなでを養っていける程度の給料は確保できている。そろそろいい頃合だろうとかなでの大学卒業を待って結婚を申し出ると二つ返事で了承してくれた。お互いの両親への顔合わせもスムーズにこなし、すべては順風満帆だったのだ。
なのに―――

くそ、覚えていろ。支倉

冗談では済まされないような悪戯に大地は久しぶりに額に青筋が立つのを感じた。かなでは泣きそうになって真っ赤になった顔で大地を伺い見る。大きな目が不安そうに揺れて、今にも涙が零れ落ちそうだ。慌ててテーブルの向こう、かなでの横に回りこむとぽんぽんと背中を叩いてあやす。
「ひなちゃんが悪いんじゃないんだから泣かなくってもいいんだよ」
「で、でも」
むしろ悪いのは全てあの女だといってやりたいが、かなでにとってニアは唯一無二の親友であることを知っている大地はどうにかその言葉を飲み込んだ。
かなでは泣きそうな顔で暫く大地と離婚届を交互に見ていたが、やがて耐え切れなくなったのか大地の胸に顔を埋めてくる。ふるふると肩を震わせる彼女をよしよしと宥めながら大地は息を吐いた。
「次は俺も休みを取るから。そのときに一緒にもらいにいこう」
考えてみれば仕事にかまけて彼女に任せきりだった自分も悪かったのかもしれない。それにかなでは先ほど市役所で体調を崩したといっていた。気付かないうちに無理をさせていたのかもしれない。
「俺も悪かったな・・・ごめん。ところでひなちゃん、今日どこの調子が悪かったんだい?」
抱きついてきたかなでを優しく抱擁し返して大地が訊ねると、かなではううんと首を振った。
「なんだか急に吐き気がして・・・」
「吐き気・・・」
「熱も高いような気がするし・・・風邪かなぁ」
「・・・熱」
かなでの言葉に大地は暫く沈黙して、それからゆっくりとかなでの顔を覗き込んだ。
「ねぇ、ひなちゃん」
「?」
「それって食べ物のにおいをかいだ後に気持ち悪くなった?」
「・・・?えっと、確か・・・そうだ。家族連れがお菓子を食べてて・・・それで」
「ひなちゃんっ」
再びぎゅっと抱きしめられてかなでは大きく目を見開いた。なんだかよくわからないまま見上げると、喜色満面の大地と目が合う。
「市役所より、まずは行かなきゃいけないところができたよ」
「い、いかなきゃいけないところ?」
「そう、産婦人科」
にっこりと笑って大地が言う。かなでは事態を飲み込めないらしく、暫く大地を見ていたがやがてえぇっと声を上げた。
「産婦人科って、赤ちゃんを産む産婦人科?」
「そう、その産婦人科。ひなちゃん赤ちゃんが出来てるかもしれないんだよ」
嬉しいなと笑う大地にかなでは暫く呆然として、それからゆっくりと自分の下腹部に目を落とした。そしてふと市役所での帰り道ニアが言った妙な言葉を思い出す。

『まあ、近いうちにもう一度い来ることになるよ。きっと』

あれはてっきり離婚届を返して婚姻届をとりに行くという意味だとばかり思っていたのだが、本来のみは違ったらしい。

わかりにくいよ、ニア

出生届を提出に行くということなのかとかなでは微笑んで自分の下腹部をそっと撫でた。



あとがき
出来ちゃった婚な榊かな。ニアをかけたのが嬉しいです!

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