天宮01 | ナノ







恋の代償



※拍手御礼文の再録です


自分の音楽が人形が奏でるように無機質で味気のないものだといわれたとき、天宮静は人が思いもよらないような方法でそれを手に入れることに成功した。
すなわち、擬似恋愛。
だが擬似はいつしか本物へとすりかわり、結果彼は音楽生命の一部を永遠に失うこととなる。
パトロンの後ろ盾を――


「本当によかったんですか?天宮さん」
マンションの片付けを手伝っていたかなではそういってピアノの前に座る静に視線を向けた。もともと荷物の少ない静の部屋は片付けるものもほとんどなく、ものの数時間で部屋は大型の家具と数個のダンボールだけになってしまった。ダンボールには梱包できない、そして引っ越し先には持って行けない荷物は処分するらしい。
「そのピアノ、本当に処分しちゃうんですか?」
かなでの問いに部屋の中央に鎮座するグランドピアノの鍵盤を愛しそうに撫でていた静の指がぴたりと止まった。静は一瞬だけ顔を歪め、それからいつものように微笑をたたえてかなでを振り返る。
「どう考えても次のマンションには入らないからね。グランドピアノは学校にもあるし」
冥加の計らいで放校を免れた静であったが、やはり財政面でのバックアップを失ったのは痛かった。防音設備の整ったこのマンションは家賃が高すぎる。最初は金銭面でも冥加がバックアップを申し出てくれたが、冥加の好意に甘えるばかりでは悪いと静は自ら家族の仕送りでどうにか生活できるマンションに引越しを決めていた。
「でも大事な楽器なのに」
同じ音楽家としてその痛手を思いかなでは小さく眉を顰めた。静は小さくいいんだと呟いてぽんとドの音を叩く。聞きなれた音は耳に響いて消える。
「もともとピアノはバイオリンやトランペットなんかとは違って持ち運びが出来ないからね。コンサートでは違うピアノを弾くことが普通だから」
「それはそうですけど」
「それに」
再びドの音を弾いて静は小さく笑った。
「大切なものを得た代償としては安すぎるよ」
「え?」
「おいで」
手招きされてかなでは静のそばに歩み寄った。静は体をずらせて座席に空間を作ると、そのシートをぽんぽんと叩いてかなでを座らせる。
意味のわからないまま横に座ったかなでの肩に静は寄りかかるように頭を預けた。
「あ、天宮さん」
焦るかなでを尻目に静は再びドの音を叩く。
「このピアノはね、僕の音楽をずっと見てきたんだ・・・君に会う前の音楽と君に会ってからの音楽を」
「・・・・・・」
懐かしそうに語る静にかなでは沈黙する。
天宮にこのピアノを捨てさせたのは自分だ。
罪悪感で胸がいっぱいになってかなでは息苦しさを感じた。だが、静は静かな声でかなでを責める様子もなく続ける。
「そう考えると少し寂しいかな・・・でもね」
「天宮さん」
かなでが何か言おうと口を開く、その瞬間を狙って静は彼女の柔らかな頬にキスをした。
「でも、その代わりに君を得た。そして最高の音楽を得たんだ・・・だから」
そっとかなでの腰に手を回し逃げられないようにしながら、静は囁く。
「君はずっとそばにいて?」
その言葉にかなでがゆっくりと頷いたのを見て静はふわりと笑顔を浮かべた。

まあ、嫌だっていわれても離さないつもりだけれど

心の中の言葉は結局音にはならずにあわさった唇の中に消えた。




あとがき
初、天かなです。天かな好きだけど難しいね。天かな書ける人は凄いです。うらやましいっ。

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