ユアペース・マイペース







残暑の厳しい九月、かなでと七海は二人連れ立って元町通りを歩いていた。
休日だけあって人通りの多いその場所は少し歩くたびに人と肩がぶつかって歩きにくい。
恋人同士になってからはじめてのデートということもあって七海は何度か手をつなごうと画策し、しかしどうしても勇気が出ずに本日何度目かになるため息をついた。

はぁ、駄目だ

まだ付き合い始めて一ヶ月に満たない関係であるが、このままだと一生てすら繋げないような気がする。一方のかなでは人ごみに飲まれそうにながらも懸命についてくる。彼女の表情を見る限り、手をつなぐという選択肢は微塵もないようだ。

せめて、もう少し頼ってくれたら

他力本願なことを考えて七海は慌てて首を振った。
違う違うそうじゃない、俺の勇気が出ないのが悪いのだとぶつぶつ呟く。

このままじゃ駄目だ、勇気を出そう

先輩のためにも、と思って振り返った瞬間――
「あ、あれ?」
かなでの姿は人ごみに飲まれて消えていた。
慌ててあたりを見回すものの、どこを探してもかなでの姿はない。
どくんと心臓が嫌な音を立てる。顔から一気に血の気が引いた。

はぐれた

その事実を認識した瞬間七海は弾かれたように走り出した。人ごみを掻き分け行く予定だったの軽食屋の前にも姿はなく、七海は必死でかなでの名前を呼ぶ。
「小日向さん!小日向さんっ」
だが呼べども答えはない。道行く人々が訝しげにこちらを見るばかりで、七海は途方にくれた。

どうしよう、どうしたら

意味もなく自分の服を叩いて、不意に硬質な四角い塊が手に触れた。慌ててそれを取り出すと、見慣れた携帯が顔を出す。そうだ、電話をかければいいんだと携帯を開いた瞬間急に携帯が音を立てて震えた。着信だ。慌てて画面の宛名部分に目を走らせると『冥加部長』という文字が浮かんでいる。

なんでこんなときに

無視も出来ず電話を取ると聞きなれた威圧的な声が鼓膜に響いた。
「俺だ」
「あ、七海です。冥加部長どうしたんですか」
「どうした、か・・・少々野暮用があってな今元町通りに来ているのだが」
「は、はぁ」
彼にしては珍しく妙に勿体つけるような喋り方に七海は困惑した。そんな話を聞いている場合ではない。かなでを今すぐ探しに行きたいのだが冥加の電話を切る勇気が出ない。どうしようどうしようと悩む間にも冥加の話は進んでいく。
「・・・迷子を見つけてな。向こうは動転して話しにならんから貴様に電話をしたというわけだ」
「ま、迷子ですか?」
迷子を自分にどうしろというのだろう。七海が内心首をかしげると、冥加はそれを見透かしたように電話の向こうでふんと鼻を鳴らした。
「そうだ。迷子だ。名前は小日向かなで。星奏学園の音楽科2年生・・・聞き覚えは?」
「あ、あります!すぐに行きます!!」
冥加の言葉に七海はそういって電話口で叫んだ。




「こ、小日向さん!!」
七海がかなでのもとに現れたのはそれから数分後のことだった。全力疾走したせいでぜえぜえと肩で息をする七海にかなでが慌ててごめんねと謝罪する。その場にすでに冥加の姿はない。かなでの話では電話をかけた後すぐにその場を立ち去ったらしい。
「ちゃんとついていけると思ったの。でも人ごみが多くって」
本当にごめんねと続けるかなでに七海は暫く沈黙していたがぶんぶんと勢いよく首を振った。
「俺も悪いんです、ちゃんとあなたの手をその・・・勇気が出なくって」
もっとはやく勇気を出していたらよかったんですがと七海は言って顔を顰めた。そうだ、自分に勇気があればかなでを迷子にさせることだって、冥加に世話をかけることだってなかったはずだ。情けなさに涙腺が緩む。押し黙ってしまった七海にかなでは不安そうに彼の顔を覗き込んで、それからゆっくりと口を開いた。
「ちがうよ、七海くん。七海くんだけが悪いんじゃないんだよ。ちゃんとついていけなかった私も悪いんだよ」
ねっと言うかなでに七海は再び沈黙した。
本当にそうだろうか?もしこれが俺じゃなくて、たとえば新だったりしたらこんなふうになっただろうか。ハルだったりしたらこんなふうになっただろうか。ちがうよな、二人はしっかりしているからもっとスマートに彼女の手を握れたし、出来なかったとしてもエスコートできたはずだ。なのに俺は・・・
「俺が情けないから」
「七海くん」
悪循環を繰り返す思考の中で七海がそう漏らすと、不意にかなでが声を荒げた。とりあえずここ座ってとバス停のベンチに無理やり腰を掛けさせるとどこか怒った表情で七海を見上げる。
「ねえ、どうして七海くんひとりが悪くなっちゃうの?」
「だ、だってハルや新ならきっともっとスマートにエスコートできるから」
「七海くん」
「私が付き合ってるのは七海くんだよ?ハルくんや新くんと違うんだよ?」
「そ、それは」
かなでの言葉に七海は言葉を詰まらせた。かなではもうっと軽く息を吐いて七海の前にしゃがみこむと下から見上げてくる。
「ねえ、私はそんなに他の人と同じじゃなくてもいいと思うの・・・私たちには私たちのペースがあると思うの。ゆっくりのんびり、それでいいんじゃないかな?」
「小日向さん」
手をつなぐのもゆっくり、その先もゆっくり。それでいいんだよと笑うかなでに七海はつき物が落ちたように笑顔を浮かべた。そうか、それでもいいのか。彼女と俺のペースは人と違ってゆっくりだけど彼女がそれでいいといってくれるなら俺もそれでいい。ゆっくりのんびりスローペースで。
「そうですね、じゃあ手始めに」
七海がそういってゆっくりとかなでの手を取った。柔らかくて小さい手。しかしその手のひらが汗ばんでいるのを感じて、そうか彼女も必死で自分を探していてくれたんだと思うとほっとした。かなではふふっと笑ってじゃあもう一つ手始めにと口を開く。
「名前で呼んでみない?宗介くん」
「え、えぇっ」
それはペースがちょっと速いですよという七海にかなではふふっと笑って見せた。




あとがき
10000HIT御礼フリリク小説。琥珀さまに捧ぐ・・・とかいいたいんですけど、なんか七海・・・な、七海じゃないコレ!!誰よって叫びたい調月です。ううっなんか違う。七海書くために再プレイしてみましたがキャラが上手くつかめませんでした。ううっ難しい。冥加、火積とならんで私の難しいランキングに入るかもしれません。難しいね!精進します!!

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