土岐06 | ナノ








幸福な夢








生れつき体が丈夫とはいえなかった土岐蓬生にとって、幼い頃の記憶は主に病室での出来事だった。
そこから見えるものといえばむやみに白い天井と吊り下げれた点滴のパックその他医療用品ばかりで、幼かった彼の視線は常にアルミサッシの窓枠に切り取られた小さな外の風景に向けられていた。
それは時折病院の窓や学校の保険室の窓であったりしたのだが、共通しているのは外から漏れ聞こえてくる音だ。
明るい日差しと、突然はじけるように響く賑やかな笑い声。

あぁ、自分もあの中にいってみたい

そうは思っても、彼はベッドから降りることは出来ない。
病気が原因で入退院を繰り返すうちに筋力を失って足は萎え、一人では立ち上がることすらままならないからだ。
最初のうちはそれでも外に出たいという気持ちが強く、なんとか立ち上がろうと努力していた。
しかし何度も繰り返す病気の悪化と入退院は、いつしか彼の心から這ってでも外に出たいという願望を失わせていた。

期待して裏切られるぐらいなら、最初から諦めたほうがいい

気持ちの奥で芽生え始めたほの暗い感情は、いつしか彼のスタンスとなり、その後の彼の行動に多大な影響を与えていくこととなったのだが――




「・・・いさん、蓬生さん?」
ふと体をゆすられて蓬生は目を開いた。昔と変わらずに無機質で真っ白な天井が目に飛び込んでくる。何年たってものこの風景は変わらない。一本のチューブと吊り下げられた点滴を見て蓬生はああ、と息を吐いた。ここは病院だ。

そうやった、久しぶりに倒れたんやった

成人を迎えた蓬生は昔ほど頻繁に体調を崩すことはなくなったが、疲れが溜まると発熱してしまうことがある。熱によって朦朧とする意識とかすかに痛む関節に蓬生はああと呻いた。その声に隣にいる誰かが、不安そうな声で呼びかける。
「大丈夫ですか?看護師さん呼びますか?」
そういわれて視線を向けると大きな目の少女が顔に不安を滲ませて座っていた。
「あれ?小日向ちゃん・・・なんでおんの?」
見覚えのある、しかしここに入るはずのない少女に蓬生は首をかしげた。ぼんやりとした意識を総動員して彼女に関する情報を脳の奥から引き出す。今年の夏、横浜の大会で出会ったのが小日向かなでだ。明るくて純粋でいつもアホみたいにニコニコ笑っていて、裏とか表とかそんなものは彼女の中には一切存在しないという稀有な少女。蓬生は知らないうちに彼女の輝きに惹かれていった。結局明確な告白こそ出来なかったが神戸に来て欲しいと新幹線のチケットを渡したことを思い出し、蓬生はははっと笑った。来てくれたら告白しようと思っていたのに何たる失態だ。情けなさと体調不良を誤魔化すようにうっすら笑みを浮かべると蓬生は口を開いた。
「横浜におるんやなかったの?もぅ、新幹線できてくれたん?」
せやのに悪いなあ俺熱で倒れるやなんていつまでこっちにおれる?今日は帰ったりせえへんよね。畳み掛けるように訊ねると、かなでが変な顔をした。そのまま小さな手を伸ばして蓬生の額に手をやり前髪をかきあげると、続いて自分の額を押し付けてきた。蓬生の熱の高さを確認しているのだろうが、突然のスキンシップに頬に朱がのぼった。
「なんやの?あかんよ男に期待させるようなことしたら」
「・・・熱で忘れちゃったんですか?ひどいです・・・私はその、蓬生さんの奥さんじゃないですか」
額を離し、ああやっぱり熱が高いですねといいながらかなでが言った。蓬生はしばらく言われた言葉が理解できずに沈黙し、それから慌てて身を起こした。
「奥さん?奥さんって・・・お、奥さん?」
寝ていたところを急に起き上がったせいで体がふらつく。かなでが慌てて倒れそうな体に抱きついてそれを阻止した。
「きゅ、急におきちゃ駄目ですよ。蓬生さん」
「や、堪忍。でも奥さんて」
熱のせいで頭ががんがんする。再びベッドに横たわらせられて、蓬生はかなでを見上げた。かなでは本当に忘れちゃったんですねと苦笑して自分の左手と、それから蓬生の左手を持ち上げる。
「証拠です、ね?」
左手の薬指にはめられた銀色の指輪。きらきらと輝くその指輪が蓬生とかなでの指にはまっている。蓬生はそれをまじまじと見つめ、再び記憶をたどるが思い出せない。なんでや幸せな記憶のはずやろ?お嫁さんのかなで、かなでが俺のもんになった日。どうしても出てこない記憶に不安になってかなでを見上げると、かなでは優しく微笑んで蓬生の頭を撫でた。
「熱で混乱しちゃってるんですね・・・大丈夫ですよ・・・寝たら治ります。そうしたら思い出してくださいね」
なんの根拠もないくせに自信満々に言うかなでに蓬生はほっとして笑った。
「うん・・・なんや嬉しいなあ」
「?」
「小日向ちゃんがお嫁さんやなんて、幸せやわ」
はよ、思い出すから愛想つかさんといてな?蓬生の言葉にかなでは微笑んであたりまえじゃないですかと言った。





「蓬生さん?・・・寝言?」
寮の庭先で蓬生の姿を見つけたかなでは不安そうに顔を覗き込んでいた。全国大会も終わり、明日は蓬生を含めた神南が神戸へ帰る日だ。もうすぐ会えなくなるからその分たくさん話をしたくて蓬生を探していたのだが、漸く見つけた蓬生はベンチの上で眠っていた。
「なんだ、蓬生のやつまだ寝てるのか?」
いい加減暗くなってきた空を見上げ、起こすべきか悩んでいると東金千秋が姿を現せた。
「昨日暑くて眠れなかったみたいですよ?大丈夫かな・・・汗もかいてるし」
「まぁ顔色は悪くないからそのうち起きるだろ」
かなでの言葉に蓬生の顔を覗き込んだ東金は対した心配もしていないように鼻を鳴らした。本当は心配なくせに正直じゃないですよねと心の中で呟いてかなでは再び蓬生を覗き込む。確かに顔色は悪くない。
「・・・そうですね、それにしても」
かなでは蓬生の寝顔を見て微笑んだ。
「なんだか、嬉しそう。どんな夢を見てるのかな・・・起きたら教えてくださいね」
かなでの囁きに今だ夢の中の蓬生が一際嬉しそうに微笑んだ気がした。





あとがき
10000HIT御礼フリリク小説第2弾!匿名さまの幸せな土岐かなとのリクエストで幸せな・・・?土岐かなです。夢落ちですが。いや、夢じゃないよ、正夢だよと言い張りたい!!が駄目な気もする・・・とりあえず土岐が真っ白です。うん・・・ちょっとキャラが違う気もしますけれど・・・!?何はともあれ10000HITありがとうございました!

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