土岐05 | ナノ








結婚しようよ!




「結婚せえへん?」
寮のサロンで本を読んでいたかなでは唐突にそういわれて目を丸くした。
目の前では机をはさんで土岐蓬生がニコニコと笑いながらかなでを見つめている。
非現実的な状況に、かなでは聞き間違いかと小首をかしげて再び本に視線を落とし――ふとページを捲るその手を掴まれた。
「なぁ、幸せにするから」
沈黙は合意やとかなんとかいいながら蓬生がかなでから本を奪い取る。
そこでようやく蓬生の本気を感じてかなでは顔を上げた。
「蓬生さん、結婚はさすがに」
「け、けっこん!!?」
飛躍しすぎだととかなでが続けようとした瞬間、がったんと物の倒れる音がした。振り返ると先ほどまでぼんやりと週刊誌を読んでいた響也が椅子を蹴って立ち上がるのが見える。
そういえばサロンには蓬生以外にも数名がいたのだとかなではこのときになってそのことに思い至った。
「おいちょっとまて、この眼鏡野郎」
「なんやの、弟君にはきいてへんのやけど」
掴みかからんばかりに突進してきた響也に番犬みたいやなと揶揄して蓬生はけだるげに視線を向けた。響也は鼻息も荒く、かなでと蓬生の座るテーブルの天板をばんっと叩く。
「聞いてるとか聞いてないとかの問題じゃないだろ。なんで急に結婚なんだよ」
「結婚したいと思ったからや」
響也の問いに蓬生は当然といわんばかりに即答した。確かに自分の気持ちがないとこんなことはいえないよねとかなでは納得する。
だが、響也はいろいろと不満があるらしく再びばんっとテーブルを叩いて蓬生を睨みつけた。
「それ以前に付き合うとか何とかいろいろと段階があるだろっ」
「じゃ、かなでちゃん結婚を前提に付き合えへん?」
改めて問われ、かなでは再び目を丸くする。
響也がだからとかなんとか騒いでいるが、最早蓬生はそれをあしらう気も起きないらしい。完全に無視を決め込むと掴んだかなでの手を両手で握り締めた。
目の前の蓬生はいつものように穏やかに微笑んで入るけれど、目だけは真剣だ。
眼鏡のレンズ越しに熱い視線を感じ、かなでは自分の頬に朱が注すのを感じた。
かなでとて蓬生のことが嫌いなわけではない。というよりも寧ろ好きなほうだし、最近は彼がそばにいるだけで心臓がどきどきばくばくしていたりする。
ただ、それが世間一般に言う「恋」だということにかなでは今だ自覚できずにいた。
「なあ、あかん?」
沈黙してしまったかなでに蓬生は不安そうに眉を顰めた。普段は飄々としてつかみ所がないくせに、こんな表情をするとまるで迷子の子どもだ。母性本能をくすぐられてかなではよしよしと掴まれていないほうの手で蓬生の頭を撫でた。
「結婚云々はともかくとして付き合うのはいいですよ」
「ほんまに!?」
やったときらきらと目を輝かせる蓬生にかなでは頬を染めて頷いた。周りでは「うわやられた」とか「さすが我が部の副部長」とか「彼女が幸せならそれでいいじゃないか」とかいろいろな声が飛び交ってまるでお祭り騒ぎだ。かなでは騒ぎの意味がわからずきょとんとした顔で周囲を見回し、それから蓬生に視線を戻した。
「なんだか騒がしいですね」
「まったくや、少しは気ぃ配れんのやろか」
顔を顰めた蓬生にかなでは再び小首をかしげ、口を開く。
「でも蓬生さん。私どこまで付き合ったらいいんですか?」
瞬時に場が静かになった。まさしく水を打ったような静けさにかなでは再びきょとんとした顔で周りを見回す。一部の人間を除いて周りの人々の顔は一様に沈痛な表情だ。なにかを哀れむような目でかなで・・・ではなく蓬生を見つめている。だが当の蓬生はやっぱりなとどこか遠い目をして、それから我に返ったようのにかなでの手を強く握り締めた。
「そうやな・・・じゃあ死ぬまでつきおうて」
「えっ」
「高校卒業して結婚して子ども産んでその子どもがまた子ども産んでおじちゃんとおばあちゃんになって、そんで死ぬまで」
そういって蓬生はどうだとばかりに微笑んだ。かなでは一瞬あっけにとられ、それから蓬生の言葉の意味を理解して全身を真っ赤に染める。まさしく茹蛸のように赤くなったかなでは蓬生を見て、それからゆっくりと頷いた。
「し、幸せにしてくださいね」
「当然や」
その言葉に再びサロンがお祭り騒ぎになったことは言うまでもなく―――後日サロンでは頻繁に蓬生とかなでがいちゃつく姿が目撃された。



あとがき
6000HITリクエストSSの没をリサイクル。あくまでも没。
リクは甘い話だったのに気がついたら甘いとか言う以前に外野の騒がしい話になってしまった。土岐はきっともっとスマートに事を運ぶと思うのだけど、おかしいな・・・でもなんかかなでちゃんってもうストレートに言わないと気付かなさそうなのでこれくらいやったほうがいいかもと内心思ってたり。

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