土岐04 | ナノ






桜の咲くころ







小日向ちゃんがかなでちゃんに変わって、かなでちゃんがかなでに変わったのはいつのころからだっただろう。
付き合いだしてもうすぐ一年と半年。例年より少し早く咲いた桜がはらはらとちる三月、かなでは今日星奏学園の卒業式を迎えていた。



「卒業、おめでと」
神戸から横浜まで、自分の車を飛ばしてやってきた蓬生は、そういって桜の下に佇むかなでに声をかけた。彼女の手には黒い筒の卒業証書が握り締められていて、かなではそれを大切そうに抱きしめながら蓬生を振り返る。
ふんわりと髪が揺れた拍子に頭の上から数枚の花びらが落ちてきて、彼女が随分長い時間ここにいたことを暗に示していた。
「卒業式、間に合わんでごめんな?」
随分待たせたみたいやな、まだいくつか絡んでいる桜の花びらを優しく撫でて落としながら蓬生が苦笑する。その言葉にかなでは目を丸くして、そんなことないよと笑った。
「全然待ってません」
「嘘ついたってあかん。証拠はあるんや」
最後の一枚を指先につまんでかなでに見せると、かなでは目を丸くし、それからううんと首をふった。
「私が待ったって思ってないから待ってないんです」
「なんやそれ」
屁理屈やんか、という言葉にかなでは再び笑顔を浮かべる。
「屁理屈でもいいんです、蓬生さんを待つのは楽しいから。それに」
かなではそこで言葉を切って、ゆっくりと蓬生に抱きついた。
普段は「超」のつくぐらい恥ずかしがり屋で初心なくせにいったいどういった心境の変化だろうと抱きついてきたかなでを見下ろすとその頬が桜色に染まっている。腰に回された手が微かに震えているのを感じて蓬生は苦笑した。
「無理せんでも」
ええよ、と腕を解こうとするとううんとかなでがまた頭を振る。だが、それ以上はどうしても自制心が邪魔をするらしく抱きついたままぴくりとも動こうとしない。
蓬生は再び苦笑してゆっくりと彼女の背中に手を回した。
はらりはらりと桜の花びらが舞い落ちてかなでの頭に再び積もる。
一枚、二枚。
徐々に数を増やしていく花びらを取り除こうとかなでの背中から手を離そうとした瞬間、いつの間にかこちらを見上げていたかなでと目が合った。
どこまでも透き通った大きな目はいつもよりもどこか大人びていて、なにかしらの決意の色が伺える。
どうしたの、と問いかける前にかなでがゆっくりと口を開いた。
「お待たせしました、神戸へ攫っていってください」
桜色の唇が言葉をつむぐ。その懐かしいフレーズに蓬生は色素の薄い瞳を細めて笑った。
「覚えててくれたんや」
かなでと付き合い始めた当初、横浜と神戸という物理的な距離に蓬生は何度もこのまま神戸に攫って行きたいと愚痴をこぼしたことがあった。
その度にかなではごめんね、ごめんねと謝罪し悲しそうな顔をするのでいつしかその言葉は二人の間で禁句となっていた。
月日を重ね気持ちの距離がどんどんと詰まっていくうちに、蓬生自身はその言葉を過去のものだと思っていたのだが、かなでは違ったらしい。
ずっと蓬生の言葉を気にし、心に留めておいてくれたのだろう。
その優しさに蓬生は自然と顔が綻ぶのを感じた。
「ありがとう。それから堪忍な」
俺が忘れてもずっと背負っていてくれたんやね、気付かんかってほんま堪忍な。
いたわるようにかなでの額にキスを落とし蓬生は微笑む。かなでは顔を桜色よりもさらに赤く染めて、ぎゅっと蓬生に抱きついた。
その行為に蓬生はくくっと喉の奥で笑うと、ふと真剣な表情になってかなでを見る。
「でもな、かなで。攫うのはもう無しや」
「え?」
びっくりしたようにかなでが声を上げた。当然だ。彼女にとっては一世一代の大勝負だったに違いない。
羞恥で真っ赤だったかなでの表情から血の気が引いてく。微かにわななく唇も血の気が失せて真っ白だ。今にも泣いて逃げ出しそうなかなでを蓬生は逃がすまいと抱きしめた。
「勘違いせんといて。嫌いになったわけやない。むしろ惚れ直したんやから」
「で、でも」
攫うのは無しだって、涙声でいうかなでに蓬生は首を縦に振った。
「そうや、攫うのはなしや」
「じゃあ」
「攫うんやなくて・・・むしろかなでの意思で来て」
「え?」
蓬生の言葉にかなでは大きく目を見開いた。泣きそうだった為か、目尻が赤く染まっている。ほろりと先程の残滓が滑らかな白い頬を伝って落ちた。

泣かせるつもり、なかったんやけどな

その軌跡を指先で辿りながら蓬生はそれでも言わなければいけない言葉だったと改めて思った。
彼女とずっと一緒にいたいからこそ、避けられない言葉であった。だけど万が一にもこの言葉の意味がわからなかったらという一抹の不安は拭えない。目を見開いたまま黙ってしまったかなでに蓬生は哀願するように言葉を重ねた。
「受動的やなくて自発的に来て欲しいんや」
「………」
「あかん?」
再度答えを求めると、かなではそれまで見開いていた目をゆっくり閉じた。
しばらくそのまま静止したあと、ゆっくりと瞳が開かれる。その瞳に再び決意の色が滲んで見えた。
「私、甘えてましたね」
攫われようなんて甘い考えでした、とかなでは言った。
それからふと不適な笑みを浮かべて続ける。
「神戸、行きますから覚悟しておいてください」
かなでの言葉に蓬生は度肝を抜かれて言葉を失い、それから久しぶりに声を立てて笑った。
「ありがと、楽しみにしてる」
きっと楽しい、幸せな毎日になるだろう。
そんな二人を祝福するようにはなびらがはらりはらりと二人の頭に降り積もった。



あとがき
6000HIT記念リクテキストです。甘い感じでとのリクエストだったのでとにかく頭の中で甘い甘いを繰り返していたらこんな感じになりました。甘い・・・?ですかね。なんかリクに答えられているのか不安ではありますが、とりあえずこんな感じでいかがでしょうか?
このテキストは水城様に捧げます。

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