天宮15 | ナノ






後に、知る








「好きです」

ジルベスターコンサートが終わり、招かれたパーティ。きらびやかな会場の一角にある、静かなバルコニーに響いたその言葉に天宮静は瞠目した。
光あふれる会場の片隅にあるそこは対照的に深い闇に覆われている。その闇にふさわしくない陽だまりのような少女、小日向かなでは彼女には似つかわしくない瞳で静を見つめていた。
「好きです」
同じ言葉を再度言われて、静は漸く言葉の意味を飲み込んだ。
示された好意の意味。彼女の瞳。今まであったことが走馬灯のように脳裏に浮かぶ。

走馬灯なんて、死の間際に見るものではないのか

ふとと他人事のように思って静は冷静さを取り戻した。
そうして考える。彼女について。小日向かなでについて。
そばにいるのが当たり前だった。彼女のにおいに、その体温に安心した。でもそれは、それは本当に―――

恋だろうか

カルメンのような情熱もなく、椿姫のような悲哀もなく。
劣情も嫉妬も、焦燥も不安も何もなかった。
少なくとも今までの「それ」は静の知る「恋愛」とはかけ離れているようだった。だからこそ、その言葉が口をついて出たのだと後に静は思う。
「ごめんね、君の気持は受け入れられない」
「……そう、ですか」
わずかな沈黙の後、その言葉をまるで彼女は予期していたかのように受け入れた。
2度3度目を瞬かせただけで、あとはふんわりといつもの笑みを浮かべる。
闇に咲く陽だまりの微笑みに静は安堵した。安堵してから、初めて自分が緊張していたことに気付く。かなではいつもの微笑みを浮かべて明るい会場の方を向いた。
「そうだと思いました。うん、ありがとうございます。すっきりした」
「うん、ごめんね。本当に。気持ちは」
うれしいのだけど、と続ける静にかなでは笑う。
「戻りましょう、皆待ってます」
「別に誰も待ってないよ」
「待ってますよ、もう」
すぐそんなことを言うんだから、と笑う彼女もいつもの顔だった。静を会場に戻るよう促して、かなでもそのあとに続く。ざわめきが漏れ聞こえる扉の前まで来て、不意にかなでが声を出した。
「あ、ごめんなさい。ちょっと靴が」
「え」
「天宮さんは先に戻っていてください、すぐに」
行きますから。
その声に押されて静は扉を開けた。明るい音楽と談笑の不協和音が静を包み込む。いつもは煩わしいとさえ思うその音に、今日は何故か安心感を感じた。

ばたん
 
重い音がして扉が閉まる。ややあって振り向くと、そこには鈍重な扉があるだけで彼女はいない。
なんとなく胸の内がざわついて、扉に近づくとそれを支倉ニアが遮った。
「お前が行ってどうする、馬鹿か」
彼女の猫のような眼が静を威嚇した。しっしと追い払われて、二歩三歩扉から離れると、それを見計らったかのようにわずかに扉を開けてするりと外へ出ていく。
本当に猫みたいだと思った矢先、ざわめきの中にわずかに聞こえるものがあった。
「……っ………っく」
かすかな声。何か感情を押し殺すように、だけどそれが叶わずに漏れ聞こえるその声。
静がそれを嗚咽だと気付くのに悠に5分はかかった。
そうして、その嗚咽が誰のものか気付くのにさらに5分。
小日向かなでのものだと気が付いてからは、まるで時間が止まったようだった。
時折、かなでの嗚咽に交じってニアの声が聞こえてくる。彼女を慰める声とこちらを罵る声。ニアが静を詰るたびにそんなことないという彼女の声に静は胸を締め付けられた。
二歩三歩、扉に歩み寄ってそっとドアノブに手を置いてみる。
だけれどもその扉が開かれないことに静は気付いていた。
なぜなら扉を閉めてしまったのは自分自身だから
後悔が胸を占める。そしてその後悔の本当の意味に気付いたのはもっとずっと後のことだった。





comment=かなで→静。暗い。静が恋愛に気付くのが遅い話を書きたかった。あと、コルダ4で振られたのでなんとなくその後補完。

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