天宮13 | ナノ






「何かが足りない…そう、決定的な何かが」
そういって真剣な目をする天宮静のことをかなでは不安な目で見ていた。
―――正確にはその手が持っているショッキングピンクの本を・・・・・・・・・



PINKBOOK






天宮静を一文字で表すなら「変」だとかなでは思う。恋人同士となった今でさえ、「変」だと思えるのだから静は相当な変人だ。
浮世離れしているせいか、考え方が突拍子もない。まあ、それが彼の魅力ではあるのだが。今日とて静の家に招かれて、望まれるがままに料理を作っているとけばけばしいピンクの本を片手に天宮が口を開いた。
その言葉に、かなでは一瞬動きを止めて自分の足元に視線を落とす。
ちゃんとスリッパは履いているし、靴下もおなじ長さで同じ柄。スカートだって皺になったりしていない。服を汚さないために静が買ってくれたピンク色のエプロンだってきちんと着用しているし、その下のブラウスにだって変わった点は見受けられない。一通り確かめてかなではちろりと静を見た。
「・・・・・・・・・なにが足りないんですか」
その台詞に静は意外だとでも言わんばかりに目を見開くと、開かれたピンクの本に視線を落とす。何度か確かめるように同じ部分に視線を走らせたあと、間違いないと確証を持った目で静はかなでを見た。
「やはり、足りないよ。かなでさん」
「・・・・・・なにがですか?」
「いや。足りないというよりこれは・・・・・・多いというべきか」
「え」
「じゃあとりあえずかなでさん。脱いでくれる?」
エプロン以外。そういわれた瞬間かなでは手に持っていた菜箸を取り落とし、その衝撃で銀のボールが注を待って、半ば出来上がりかけていた料理は綺麗に磨かれた床にべちゃりと音を立てて落下した。



******



「もう、静さんのせいですからね」
ぷんぷんと怒るかなでに静は珍しく眉根を寄せて困惑の表情を浮かべていた。
結局それから慌てたかなでがさらにフライパンやらまな板やら包丁やらを床に落としてしまい、せっかく作った手料理は食べられることもなく三角コーナー行きとなってしまった。
唯一怪我をしなかったのが不幸中の幸いではあるが、だからといって食べ物を粗末に扱ったことが帳消しになるわけでもない。
どうしようと半泣きになったかなでを宥めて、キッチンを片付けて気がつけば夕飯を取るにももう遅い時間となっていた。仕方がないと出前を頼んで、人心地ついた頃落ち着いたかなでが原因に対して怒り出した、というところだ。
「ごめんね」
もう何度目かになる謝罪の言葉を静は口にした。その手には相変わらずあのピンク色の本が握られていて、かなでは大きくため息をつく。

―――静さんは悪くない・・・

そんなことは最初からわかっていた。本当に悪いのはその本の筆者だとかなでは思う。
「恋人のいろは」
金色で箔押しされたその題名にかなでは首を振った。静が世情に疎いことはよくわかっているつもりだった。世間に関心がなさ過ぎて浮世離れしてしまっていることも理解していた。ただ、そのことを静が気にしていて、よりにもよってあの人にそれを相談しているなんて思いもしなかった。

―――ひどいよ、律くん

幼馴染である律も静に負けず劣らずの世俗離れした人だ。世間知らずが二人も寄ればこうなる、ということをかなでは身をもって痛感した。
題名にだまされて本を手に取った律。それを真実と思い込んだ静。どちらにも罪はない。罪があるとするのなら、それはきっと―――



後日菩提樹寮の個人ポストにけばけばしいピンクの本が投函された。投函されたポストの主は如月響也。曰く「ピンクな内容の本」の持ち主は大いに慌てふためき、それをたまたま遊びに来ていた水島ハルに見咎められて成敗されたのは、また別の物語である。





Comment=リハビリコルダ。響也は毎回不幸。律は響也の部屋で本を見つけただけ。

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