天宮長編02 | ナノ






あいのうた・2





夢を見た。
箱庭のような薔薇園の夢。かつて「華」について悩んでいたかなでを静が連れてきた場所に似ているとかなでは思った。
ふと近くの植え込みに視線を落とすと真っ白な薔薇に目を奪われる。その美しさにかなでは一瞬息を呑み、それから背筋がすっと冷えるのを感じた。
綺麗な薔薇。

でも、でもこの薔薇は―――

かなでは薔薇から視線を背けた。それでもむせ返るほどの薔薇の匂いがかなでの鼻をつく。

温室でしか生きられない真っ白な薔薇。あの時ふとあの人の姿を重ねた。

天宮さんは温室から出られたのかな

夢の中だというのにそれだけが気掛かりだった。






*****







かなでは慌てていつもの道を走っていた。夢見が悪かったせいで、寝坊をしてしまったと心の中で言い訳をする。
これでは朝の練習時間どころか、授業の開始時間にも間に合わない。
通勤時間に重なったせいでいつもより多い人混みを掻き分け、かなでは先を急いだ。

急がなくちゃ
急がなくちゃ

そういえば昔もこうやって走り回った事を思い出す。
奇しくも同じ夏のこと。高校の夏。初めて横浜にやってきた2年生の夏。
まだ不慣れだった街を自分の音を求めてさ迷った、模索の夏。

まぁ、途中からは違ったのだけれど

ある頃から天宮静の姿を追いかけて、色々な場所を走り回った。携帯で連絡を取り合ったり、他愛のないメールを送りあったり。今から振り返ればなんて青い恋だったのだろう。そしてその未熟な恋はある日一瞬にして―――

そんなことを、考えてる場合じゃないのに

嫌なことを思い出してかなでは視線を落とした。
事あるごとにやはり彼の事を思い出してしまう。夏、という季節のせいかもしれないとかなでは思った。この暑さはどうしてもあの時のことを思い出させる。暑かったあの夏の淡い恋―――

―――ダメ、思い出してる場合じゃない

そんなことを考えている場合ではないとかなでは頭を振って思考を切り替えた。現実に戻るために時計をちらりとみると、既に針は授業が始まる10分前を指している。
走る事に集中をしようと視線を上げ、不意にかなでは足を止めた。
駅前の見慣れた光景。見慣れたベンチ。そこに―――
かつて見慣れていた…昔見たよりも少し大人びた青年が座っていた。




*****




静が今日もそのベンチにやってきたのには特に理由がなかった。ただ昔懐かしい街の様子を見たかったのかもしれないし、単純に時間を持て余していたのかもしれない。
全て憶測なのは静自身が行動理由を見出だせずにいるからだ。
朝の通勤時間の人混みなんて大嫌いだ―――けれど、何故だか導かれるようにここに来てしまった。
そしてベンチに座って数分。
奇妙な焦りが体中を支配する。そわそわと落ち着かない気持ち。いつかもこんな気持ちになったことがあると静は思った。
とある少女とデートの約束をしていながら、自己都合ですっぽかしたあの日。待っていないだろう彼女を探して、待ち合わせ場所に行くまでの間。

いないでほしい
でも、いてほしい

相反する気持ちが体中を占拠した。思うようにいかない心と体。その感覚こそがアレクセイの言う「恋」だということにその当時はまだ気付いていなかった。

―――でも僕は今恋なんてしていないのに…

そわそわと落ち着きのない感情を持て余して、静は人混みに視線をやり、そして動きを止めた。
遥か前方、静と同じように動きを止めた人物が人混みの間で見え隠れする。
少し大人びた、それでいて変わらない面差し。
「小日向さん」
静は懐かしい少女の姿を目にして、自分がここにきた理由を知った。



僕は待っていたのか…彼女を



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