ニア01 | ナノ




親友







「私ね、静さんのリストが好きなの」
寮のラウンジにあるテーブルの上で明日までの宿題を下敷きに頬杖をついてかなでが突然そんなことを言い出した。
言われたニアはつり目がちな瞳を大きく瞠って、それからうんざりした表情になった。
「なんだ、また天宮の話か」
静、というのはかなでの彼氏の名前だ。夏に付き合いはじめた二人はニアの思い(早く別れろという)とは裏腹に仲が睦まじい。
ニアとしてはあんな変態でしかも朴念仁で人間として欠陥だらけの人間とも認めたくないぐらい大嫌いな人間なので、何故かなでがあんなやつに固執するのか解らない。
私は嫌いだと率直な感想をいうと、かなではもうと頬を膨らませた。
「じゃあ見てみたらいいよ、静さんのリスト。すごく綺麗なんだから」
そういうかなでの目はキラキラと輝いて、恋する乙女そのものだ。ニアはなんで嫌いな人間のそんなものをわざわざ見なければならないのだと憤慨した。
「嫌だ、断る」
「ダメ、今日見に行こうっ静さんとあう約束しているの。絶対、考え方がかわるから」
かなではそういって正面に座るニアの腕をがっしりと掴んだ。そのままあいた片手で終わっていない(というかそもそもほとんど手を付けていない)宿題を片付けると、嫌がるニアを引っ張って外に出る。
「嫌だっ離せ」
「ダメっ」
いつになく強引なかなでにニアは苛立った。

なんで、私があんなやつ

ニアは天宮の中身が嫌いだった。外見は天使みたいだが中身は悪魔の使いだ。叔父アレクセイのふざけた常識を持ち、音楽のためならすべてを捨てる。

そんな人間、好きになれるはずがないだろう

腕を引っ張って進もうとするかなでをニアは無理矢理振り払った。
「やめろっ私は行きたくないんだ」
悲鳴のようにたたき付けられる声。かなでは大きく目を見開き、そして潤ませる。
「ニア、ニア…ごめん、怒らないで」
がっくりと落胆したかなでにニアはくっと唇を噛んだ。かなでを傷つけたかったわけではない。
「私のほうこそすまない…だがどうしてもあいつだけは好きになれないんだ」
ニアはそういってかなでを見た。かなでは涙を拭うと私も強引にしてごめんね、と言う。
「でもニアにも好きになってほしかったの…静さんのこと…私、ニアも大好きだから…ニアに祝福して欲しかったから」
わがままだね、と無理矢理笑って言ったその言葉は涙まじりの濁った音だった。



もし、興味があったら。そういってかなでが置いて行ったチャリティコンサートのチケットを手にニアは自室のベッドの上で深いため息を吐いた。
チケットの端には天宮静の名前が刻まれていて、かなでのしつこさに辟易する。
それでもかなでの気持ちを思えば自分の態度も改めるべきなのだろうなとニアは再びため息を吐いた。
かなではニアを親友だと豪語していて、ニアもかなでを親友だと思っている。
その親友に自分の好きな相手を詰られる、というのはかなりつらいものだろう。
ニアにも静さんのこと好きになってほしかったの

頭の中でかなでの言葉が再生される。
ニアはチケットを見て、また深く息を吐いた。



チャリティコンサートは教会催し事のようで、かなり年配の人から子供まで年齢層は幅広い。
教会は狭く、しかも椅子も限られていてニアは人ごみに紛れて端の席に陣取った。即席の舞台の上にはグランドピアノが置かれていて、天宮がそこで音楽をかなでるのだろうと思うとちょっと腹のあたりがムカついたがそこはぐっと堪える。
コンサートは小品に編曲された曲が多く、様々な人が小さな舞台で様々な音楽をかなでては舞台を後にした。
それを見ながらニアは内心天宮はまだか、と思う。チャリティコンサートは、ニアにしてみれば質は中の下で正直つまらない。天宮をみたらすぐに帰ろう、そう思いながら舞台を見つめていると司会者がでは最後の演奏者ですと行って天宮の名を呼んだ。
天宮はいつものなんの飾り気もない無地の服に身をつつみ、ぺこりと形だけは綺麗な、しかし見るものが見れば何の感情も篭っていないことがまるわかりのお辞儀をすると流れるような動作で椅子に座る。
ピアノの前に座る天宮は見た目だけは本当に天使のようで、中身を知るニアには虫酸ば走る光景だ。天宮に視線を奪われる客席に苛立ちながら舞台袖に視線を移すと、かなでがこちらをみて笑った。
唇が小さくありがとうの形をつくったので、ニアはほんの少し気まずくなる。かなでから視線をそらし、天宮に向けるとそれを待っていたかのように天宮が演奏を開始した。
曲はリストのオラトリオ「聖エリザベートの伝説」。確かな技術と透明感のある彼の音は確かに教会にはうってつけだ。

今まで聞いてきた演奏の中では一番いいな

ニアは天宮の音楽に耳を傾けた。
ニアが知る限りの天宮の音とはまた違う、不思議な音。昔のように硝子のような無機質、硬質さは失われ、透明な雨垂れを思わせる、柔らかく暖かい音。
恋は音楽を変えるというが、まさに今がその良い例だろう。
そう思って、ニアはふんと鼻を慣らした。
「かなでがいるんだ、当然だな」

何しろ、この私の親友なのだからな




演奏が終わると同時に教会を包んだ拍手喝采の騒動に紛れるようにしてニアはさっさと席を立った。
かなでの言う通り天宮のリストは素晴らしいが、やはり面とむかうのは躊躇われる。
拍手を背に教会を出てほっと息をつく。不意にその肩を誰かに叩かれた。
慌てて振り返るとかなでが一人にっこりと笑って立っている。驚いて言葉を無くすニアにかなではそっと近くにあるベンチを指差した。
「ニアのことだから絶対静さんには会わないだろうなと思って…とりあえず、座ろう?」
そう促されて、ニアはベンチに腰をかける。
読まれていたのか、と呟くと読みやすいよと笑われた。
「だって親友だもん」
真っすぐそういってくるかなでのセリフにニアはそうだなと苦笑する。かなでもそうだよと笑って、それからニアの隣に腰をかけた。
「静さんのリスト、綺麗だったでしょう?」
「ああ…ああ、そうだな。悪くなかった」
「悪くない、はニアの最上級の褒め言葉だよね」
そういってまたにこりと笑うかなでにニアも笑みを浮かべる。
しばらく取り留めのない話をした後、教会からばらばらと人が出てきたのを見てかなでは席を立った。
「そろそろ行かなくちゃ」
そういうかなでにニアは目を細める。明るく笑うかなではニアが想像していたよりもずっと幸せそうで、羨ましくなった。
じゃあまた寮でね、と去っていくかなでの後ろ姿。
「幸せになれよ」
厭味と願望を込めてそういうと、かなでは振り返ってきらきらした笑顔を浮かべてみせた。
「当たり前だよ」
もっともっと幸せになるんだから、そういうかなでにニアもまた微笑みを浮かべた。




Comment=天宮×かなで+ニア。ニアには天宮を絡めたい(犬猿)。

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