律06 | ナノ




贖罪と







桜は嫌いだった。特に早咲きの桜。桜の舞う季節はかなでにとっては別れの季節だ。
「律くん、卒業だね」
長かった夏が終わって、足早に秋が過ぎ去って、田舎とは違う雪の少ない冬も終わるともうすぐ学校の一年が終わる。かなでは二年から三年へ、律は三年から一年へ。たった一年の差が二人を引き裂くんだとかなでは思った。
「寂しい」
卒業式が終わって、律と二人寮へと向かっていた道中でかなではそう呻いた。律はそんなかなでをちらりと見て、そうしてそっと頭を撫でる。
「たった一年だ」
「一年も、だよ」
律くん、寮も出るんでしょうと尋ねると律はああと頷いた。
「そうしたら、やっぱり今みたい簡単には会えない…よね」
「そうだろうか」
「そうだよ」
それでなくとも律は頻繁に相手と連絡をとるタイプではない。付き合いはじめてまだ半年。いつの間にか疎遠になってしまうんじゃないか。不安感でかなでの心は押し潰されそうになる。
「律くんと同じ歳だったらよかったのに」
そうすれば、置き去りにされてしまうことなんてなかったのに
そういって落ち込んでしまったかなでに律は少し考えて、ゆっくりと繋いだ手を持ち上げた。
かなでの手は小さく、律の手は大きい。細い指をじいっとみて、空いた片手で律はポケットを探った。
かなでの不安を取り去ってやりたい。
だが、かなでと律の間には一年という埋めようのない溝が確かにある。それでもきっと律が中学生を卒業する前までであったならかなでは純粋に律を信じていただろう。
たかが一年だと笑い飛ばしたかもしれない。

そうできなくさせたのは…俺か…

音楽の為に故郷を捨てようと思ったあの日。その中には幼なじみも含まれていた。長期休みにも滅多に実家に寄り付かなかったのは、かなでに会ったときに言われるかもしれない恨み言を無意識下で危惧していたせいだ。
故郷を捨てると宣言したあの日弟の罵詈雑言には耐えられたが、かなでの無言の視線には向き合うことが出来なかった。
怖かったのだ。かなでに罵られることが。失望されることが。
昔は幼心にかなでを守るのは自分だという自負があった。
律は男でかなでは女。
律はかなでより一つ上で、正直な話、跳ね返りな弟よりも可愛いと思っていた。
かなでに頼りにされるのはくすぐったくもあり、嬉しくもあり。
幸福だった。

その幸福を切り捨てたのは早咲きの桜が咲いたあの日―――

縁は切れたのだと、自分で断ち切ってしまったのだと気が付いたのは星奏学院に来て間もなくのことだった。
だが、その縁はかなでによって再び繋がれた。
律を追って、新たな音楽を求めてやってきたかなで。夏の爽やかな風のように颯爽とあらわれた彼女。春のひだまりのような笑顔は健在で、律はこっそりと安堵した。
だが、それは表面上で。
かなでの中にあの日生まれていたのは、置き去りにされた絶望感と不安。
付き合いはじめてからそのことを知った律は、かなでの心の深く柔らかい場所につけてしまった傷に深い悲しみと自責を覚えた。

また置いて行くのか―――

大きな瞳の中で揺れる暗い光に律はそれを消してやりたいと思う。
だが、言葉だけではきっと足りない。
それでなくとも律は言葉を発するのが苦手だ。
ふと、ポケットを探っていた指先がかつんと何かに触れた。取り出すと、お守りがわりにしていた指輪―――かなで曰く、妖精の冠がある。
幼い頃に手に入れたそれ。律はかなでの細い指をみて、指輪をみた。
「かなで」
「?」
落ち込んで顔を伏せていたかなでに声をかける。怪訝そうな表情で顔をあげたかなでに律はゆっくりと微笑みかけた。
これしかないと思った。
かなでにつけた傷の罪は一生をかけて償う用意がある。いや、それよりも―――

この指輪でかなでを自分のもとに縛り付けたい

「ずっと一緒だ」
そういいながらかなでの指に通された銀の指輪は妖しい光を帯びて、更にその美しさを増したように見えた。






Comment=暗いとしか言いようがないですね。本編ではかなでちゃんって恨み言とか一切言わなくて、ある意味凄いのですが心中はどうなんでしょうね……がくぶる

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