土岐10 | ナノ




※未来ネタ。二人の子供としてオリジナルキャラが出てきます。苦手な方は注意して下さい。











子供のころの話






※拍手再録



いちにいさん、ゆっくりと数えられる数字に蓬生は意識が遠くなるのを感じた。入院してからもう何度目になるのか。数えるのも億劫なほど繰り返される検査と投薬にうんざりする。
いちにいさん、よん、の声は今までそういえば聞いたことがないなと思った。睡眠薬が体中にまわるまでの時間。ゆっくりみっつ数えて落ちるのがベスト。そんなことに詳しくなってしまった自分に嫌気がさす。
ふぅ、抗いがたい眠気に蓬生は小さくため息をついて意識を手放した。
それが、幼い蓬生にとっての日々。
だけど、今は―――



「いーち、にぃ、さーん」
お風呂場から可愛らしい少女の声が聞こえてくる。蓬生はテーブルに食事を並べながら苦笑した。
「いーち、にぃ、さーん」
まだよん、を知らない幼い声はひたすらそれの繰り返しだ。それに被って愛しい人の声が響く。
「よん、ご、ろく、だよ」
「よん?」
「そう、ほらもう一回一緒に」
『いーち、にぃ、さーん』今度は声を重ねて再び数が数えられる。

幸せやな

かなでと結婚して五年。こうして幸せを噛み締める瞬間が、変な話ではあるが一番幸せだと思う。
いつまでも聞いていたいその声に耳を傾けていると、誰かがスラックスの裾をくいと引っ張った。
見下ろせば、幼い頃の自分によく似た、それでいて健康そうな顔色の少年がこちらを見上げている。
真ん丸な目を見つめて、どないしたん、と問いかけると少年はお風呂場のほうに視線を向けた。
「あいつはいつまでたってもさんまでしかかぞえられないんだよ…おれはとぅまでかぞえられるのに」
ぷくぅと頬を膨らませてそういう少年に蓬生は苦笑した。
どうやら彼は幼いながらも嫉妬をしているらしい。
「ほぉ、そらえらいなぁ」
「そうだよ、おれ、えらいんだよ」
自尊心を傷つけないように褒めると少年はえっへんと胸をはった。少年の頭を蓬生は優しく撫でる。
今度風呂場できかせてな、というと少年は複雑そうな顔をした。
「だめだよ、ママとやくそくしたんだから」
「かなでちゃんと?」
「そう、ママにさきにいうって」
「なんや、パパにはそれじゃあ聞かせてくれへんのか」
残念やなぁとわざとらしく落ち込むと、少年はむむっと眉をしかめてそれからそっと蓬生を見上げた。
「しかたないなあ、じゃあとくべつ…ママにはひみつにしてね」
そういって少年が幾分小さな声で数を数えはじめる。
「いーち、にぃ、さーん、」
それはお風呂場から聞こえる声と重なって蓬生の耳を優しく刺激した。かつて聞くことはなかった、その続きの数字が耳に心地好い。
『よーん、ごー、ろーく、なーな、はーち、きゅーう』
最後の数字を聞く瞬間、蓬生は胸が暖かくなるのを感じた。




Title=楽譜。様色々100題-64より拝借
Comment=幸せな瞬間をイメージ

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