※拍手再録
かなでのテンポはいつもゆっくりだ。
ご飯を食べるのも歩くのも。ついでに曲の出だしのテンポもゆっくりなので、よく怒られる。
そんなかなでだから勿論恋愛だってゆっくりで、いや、だからってここまでゆっくりすることはないだろうと響也は内心悪態をついた。
かなでと恋人同士になってから早一年。何につけてもゆっくりな恋人は、未だにキスすらさせてくれない。
かといって無理矢理するのもなんか違うしな
もやもやした欲求をもて余しながら響也はかなでの部屋で茶を啜っていた。
対するかなでは宿題の真っ最中。響也と一緒にやりはじめた宿題なのに、響也のほうは遠の昔に終了してかなでの宿題は未だ半分しか進んでいない。
宿題ならある程度進行に差があっても問題はないが、恋愛はそうはいかない。気持ちという不確定なものにだけ縛り付けられる恋愛というものは、いつだってどちらに転ぶかわからない。
だから慎重になるんだよ
いつまでも同じ問題に悩み続けるかなでのノートにさりげなくヒントを書き込みながら響也は思った。
かなでは響也が書いたヒントをちらりと見るとバツが悪そうに畏縮する。
ごめんね、と女の子らしい文字が響也の走り書きの横に並んだ。
響也、終わっちゃったから暇でしょ?
別に
かなでが何故か筆談でそんなことを書いてきたので、響也もそれに応じる。
遊びに行きたかったら行ってもいいよ?
馬鹿
↑馬鹿じゃないもん
お前を置いていけるかよ
なんで?
なんでって好
「…っいいから、早くやれよ!」
その後に続く文字を思わず書きそうになって響也は慌てた。
それを消すためにかなでから消しゴムを奪おうとすると、それをさっと奪い取られる。
「ちょっそれ」
「だーめ」
こんなときだけ動きの早いかなではそういってクスクスと笑った。それから、そっと広げたノートに 文字を綴る。
私も大好きだよ
「これは記念にするんだ」
そういって微笑むかなでに響也は顔を赤く染めて押し黙るしかなかった。