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「ああ、もしもしシズちゃん?暑い中仕事なんて精がでるねぇ。そのまま熱中症でぶっ倒れたりしないかな。いやいや、こっちの話。で、今日の夜なんだけどさ、今から指定する場所に来てくれない?拒否権はあるけど色々どうなっても知らないよ?もしも来なかったら、どうなるか、シズちゃんだって知りたくないよねぇ?まぁ、知りたいって言うんなら俺は別に構わないんだけど。あははっ。で、いい?場所は――――」


「誰だ、」なんて問う暇すら与えず、俺の事を「シズちゃん」と呼んだそいつは、―――臨也は、自分の用件だけをまくし立てるとぶつりと通話を切った。
同時に俺の手の中でパキ、と乾いた音がする。スナック菓子のように粉々に握りつぶされた携帯電話が、手の間からパラパラと零れたのが分かった。

「……………………」

静雄は、くわえた煙草をぎりぎりと噛み潰しながら、「フーッ…、フーッ…」と獣じみた呼吸を零した。
そんな静雄を見て、電話口の相手を悟ったトムは、苦い表情を浮かべながら静かに彼との距離をとった。下手に声をかければ、自分が怒りの対象になってしまう。
触らぬ神に祟り無し、いや、静雄の逆鱗に触れる事があれば祟りどころじゃすまない。
トムは、臨也のためにとばっちりをくらうのだけはごめんだった。

――――しかし。
トムが静雄との距離をもう少しとろうとした瞬間、





『ピピピピピピピピ―――……』

「!!?」
「……………」





けたたましい程の電子音が鳴り響き、トムは思わずその場から数センチ飛び上がった。
同時に静雄の視線もこちらに向き、更にびくりと肩が跳ね上がる。
どうやらトムの携帯電話がメッセージを受信したらしい。
トムは、慌てて自分の携帯を取り出すと、相手に文句の一つも言ってやろうと画面を確認して、

そして困ったように眉をひそめた。

「………………?」

ちらちらとこちらを窺ってくるトムをいぶかしんだ静雄が、す、と目を細める。

その視線を受け、トムは困ったように視線を泳がせた。どうしたものかとあれこれ思考を巡らせているようだ。

しかし、

良い解決策が見つからなかったらしい。しばらくして、観念したように深くため息をついた。それから、おずおずと自分の携帯画面を静雄に見えるように差し出す。

「………なんすか、トムさん」

今の状況にあまりに似付かわしくない上司の行動に、静雄はきろりと目玉を動かし、トムに刺すような視線を寄越す。
トムは、心臓を震え上がらせ、冷や汗を垂らしながら、気まずそうに切り出した。

「…あのよぉ……これなんだが………見てもこの携帯は壊すんじゃねーぞ………?」

そういうトムは、静雄から目を逸らしながら、腕をいっぱいに伸ばしていて、体は逃げ腰だ。
不審に思い、静雄が片眉をくいと吊り上げると、トムは苦々しく呟いた。

「これ、お前宛てだ……。」

静雄は、一瞬目を見開くと、差し出された携帯画面を、顔をしかめながら確認する。
すると確かに、携帯のメール画面には、無機質な文字で「シズちゃんへ」と表示されていた。








 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
受信メール   To   1/500
〓10/08/10/16:24
From :***********……
To  :平和島 静雄
Title:シズちゃんへ
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頭の悪いシズちゃんだからさ、もしかしたら口頭だけじゃ場所覚えられないかと思って。
それか、単細胞なシズちゃんは怒りにまかせて携帯へしおっちゃったかな?

一応シズちゃんの上司にも送っとくよ。どうせ仕事で一緒でしょ。

あ、そうそう。自分で携帯壊しちゃったんだから上司に怒るのはお門違いだよ?


      ――――…………
_______________



文面はさらに続き、とある高級ホテルの名前とその住所、更に時間までもが細かく指示されていた。

静雄はそれを確認すると、ゆっくりとした動作で天を仰ぎ、「フーッ………」と長く息を吐いた。
それから、肺の底から絞り出すような低くかすれた声で言った。

「………トムさん、俺、今日早めにあがります。」


「………ああ、…会社には俺から連絡入れとくわ。」

トムは携帯をしまうと、天を仰ぎながらブツブツと何かを呟きだした静雄を残し、その場を後にした。


そして、静雄とずいぶん距離が離れた頃。
トムは、「ふぅぅーー……」と長い長いため息を吐き出し、やっと肩の力を抜いた。

頭の中に浮かべた臨也の顔に、静雄とどんなやり取りをしようと構わないが、自分を巻き込むのだけはやめてほしいと、心の底から悪態をつきながら。








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目の前にそびえ立つ高級ホテルを見ながら、静雄はゆっくりと紫煙を吐き出した。煙は、夜風になぶられながら辺りを漂って、やがて闇に紛れて消えた。日はすでに落ちきっていて、空は深い群青を湛えている。
池袋から遠く離れた都内某所の高級ホテル。それが今回伝えられた場所だった。
静雄は短くなった煙草を地面に落とし、足でぐしり、と踏みつぶすと、

「…………………」

全身に妙な気をみなぎらせながらホテルの自動ドアへと歩を進めた。

ホテルのロビーは、薄橙の柔らかい光に包まれていて、数人の案内係が仰々しく礼をしながら迎えてくれた。

臨也が既に連絡を入れていたらしい。自動ドアをくぐるなり、人当たりの良い案内人らしき男が、こちらへ近づいてきた。なれた様子で、自分が「平和島 静雄」本人であることを確認すると、案内人は「お部屋にて折原様がお待ちですので、ご案内いたします。」とにこやかに告げ、前を歩きだした。
静雄は、ただ黙って後をついて行った。

エレベーターで最上階まで上り、ゆっくりとドアが開くと、廊下には真っ赤な絨毯が敷き詰められていた。絢爛豪華な吊し証明の下を歩き、部屋の前まで誘導される。持っていたカードキーを使ってキーロックを解除した案内人が再びエレベーターの中へと消えてしまうと、静雄はドアの前で「はぁぁあ―――……、」と長い息を吐き出した。
溜め息というよりは、今まで溜め込んだ何かが堪えきれずに溢れ出したような、そんな獣じみた吐息だった。

しばらくうつむいてゆっくりと呼吸を整えていた静雄だったが、ギッと空をにらみ、覚悟を決めると、握りつぶさないように注意しながらドアの取っ手に手をかけた。






「…………、」


「やぁ、来たね。」


静雄の視線は、広すぎるリビングの真ん中、革張りのソファーに座っている人物に注がれていた。
もっとも、その人物はドアを背にして座っており、未だドアの前に佇んでいる静雄の顔は見えていない。


「……………、」

「ねぇ、シズちゃん、すごくいい眺めだと思わない?たまにはこういう所も良いかもね。」

臨也は相変わらず前を見たまま言った。その視線の先には、全面ガラス張りの巨大パノラマがあり、煌びやかな夜の街が一望できる。それは良い眺めのはずだろう。

しかし話を振られた静雄の方は、ハナから興味など無いようで、相変わらず無表情のまま、呟くように低く呻いた。



「……………もう少しマシな誘い方は無かったのか。」

「あはっ、なんだ、怒ってるの?」


そこまで言ってから、やっとこちらを向いた臨也は、口角を吊り上げて笑っていた。
ニヤニヤといやらしく笑いながら立ち上がると、ソファ越しに静雄と対面する。


「………散々俺に抱かれまくってる君がそんなウブな思考持ってるなんてねぇ…。ロマンチックな誘い方でもした方がよかった?ねぇ、シズちゃん。」


含みのある言い方に、思わず顔をしかめる。
静雄は、ぐ、と息を詰めると臨也から目をそらして、苦々しく舌打ちした。




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