そして角砂糖を三つ(企画提出文/シカチマナル) | ナノ




※現パロ


 子供の扱いには正直なれていなかった。俺には兄弟がいない。従兄弟はたくさんいたけれど、皆が同い年ぐらいだから昔から自分より年少の者を世話する機会などほぼないに等しかった。それでも毎年夏になると、一週間くらい、我が家に子供がひとりやってくる。確か、三歳か、四歳だったか。関心がないわけではないが、あやふやだった。

 その子供の名はナルトという。目がくりくりと大きくて、写真だけ見ると女の子に間違えられることもあると母が話していた。但しわんぱくで、実物は紛れもなく“男の子”という風である。ナルトの両親とうちの両親は仲が良いらしい。歳は離れているが、なにかのきっかけで仲良くなったと聞いたことがある。その夫婦は随分仲がいいらしく、夏になると二人きりで旅行にいくのが結婚したときの約束だとかで、それは子供が産まれてからも変わらなかった。うちに来るようになったのは確かナルトが二歳の頃だったように記憶している。俺は仕事があるから相手をすることはほぼないが、母は孫でもできたかのように可愛がっているので、ナルトも母になついていた。ナルトは都会に住んでいるので、うちのような田舎での経験をさせたいというのがきっかけになったらしい。家の裏側はすぐに小さいが山がある。虫かご一杯のセミや、カブトムシや、クワガタ。魚も釣りにいったと、仕事から帰った俺に母が楽しそうに話していた。


「シカマル、おきてってば」

 ずんと腹が重いと思えば、上に子供が乗っていた。おきてよ、そう言って跳ねる体は子供だからといって重いには違いなかった。寝起きの機嫌が悪い俺でも、さすがに怒ることはしない。とりあえず抱き抱えて腹から下ろす。まじまじと見つめる目はぱっちりと寝ぼけ眼の俺を写していた。

「シカマル、お仕事いくの」

「あー、うん、そう…今日はまだ木曜だから、うん。めんどくせーけど」

「もくようだから」

「…うん、」

 探り探り、反応を見る。しかし、いくら見たところで何を考えているのかさっぱり理解ができなかった。ただ、仕事にいくと告げたあと少しだけ、目覚めた俺を見たときよりも眉を下げて寂しそうな、そんな顔をしていた気がする。「お前、メシ食ったか?」そう聞くと、まだ、とにっこり笑う。まだ敷き布団に置いてあった俺の腕を全身で引いて、「シカマルと行くの」と誘いを受けた。なにか気に入られるようなことをした覚えはないのだけれど。俺が帰ってくるのはナルトが寝入ったあとが大半で、たまに風呂の時間に帰るときもあるが、どちらにせよ遊んでやったりするような時間でもなかった。じゃあ、どうしてだろうか。触れる手のひらは小さく、柔らかい。そしてぽかぽかとあたたかだった。

 朝御飯は和食の俺の隣で、焼いていない食パンに苺ジャムをたっぷり塗って、小さな口に収まらないくらいいっぺんに頬ばっている。甘いかおりの原因はもうひとつ、傍らに置かれたホットミルク。小さなマグカップは俺が子供の頃に使っていたヒヨコがプリントされたそれ。「ちょっと食べてみる?」そう優しく告げた口元はジャムで赤く染まっていた。「先に拭いてやるよ」とお手拭きを差し出すと、素直にきゅっと口と、ついでに瞼も力一杯下ろして、水分の多そうな皮膚が皺をよせた。「手ても」ぱっと開かれた両の手のひらは楓みたいに赤かった。


 小さな田舎町に若者はあまり居ない。そのせいか職場では可愛がられる反面、雑用から重要な取引まで幅広く仕事が回される。定時に上がれるのはまれで、それでも残業を断る理由も特に見つからず、また言い訳を考えるのも面倒で引き受けている。連日の長時間労働は疲れがたまるもので、まだ木曜、今週はあと一日という疲労感ではなかった。脚は鉛のように重く、自転車をこぐのが精一杯、早く布団で休みたいというところ。玄関の少しくすんだ明かりが迎えてくれる。もう21時を過ぎていたので、朝のような明るい子供の声は聞こえてこない、いつも通りの静かな家だった。

 ナルトが家に来てから、母も寝室で休むのが早くなった。暑い中で子供の相手をするのはなかなか疲れるのだろうと思う、楽しんでいるようだし苦ではないだろうけれど。しんと静まった台所にひとり分の夕飯。レンジで温めるのも面倒で、そのままラップを剥がしたけれど、箸を持つことすら億劫であることに気付いて、椅子に深く腰かけると立ち上がる意思まで揺らいでしまう。そんなときにぱたぱたと母よりも軽い足音が廊下に響いた。

 ぱっと台所を覗き込んだのはやはりナルトだった。涼しそうな甚平を着て、少しだけ目元がうつろな気がする。それでもじいとこちらを見つめて、しばらくまるでにらみ合いのようなことを続けたあと、何も言わずに隣の椅子によじ登る。手を差しのべようかと思ったけれど、必死な指先にくいと力が込められるさまを見つめていたらあっという間に登れてしまったのだ。

「喉でも渇いたのか?なにか飲むか?」

 なにも言わないのもおかしいかと、そう訊ねてやると「じゃあ、お茶飲む」と僅かに俯いた小さな唇が紡ぐので、いちご柄のガラスコップに氷をふたつと麦茶を注いでやる。自分は何を飲もうかと考えて、持ち帰った書類を思い出してコーヒーにしようと冷蔵庫を開くけれど、生憎いつものボトルコーヒーを切らしているらしく、仕方なくインスタントをスプーンに二杯入れてポットのお湯を注いだ。未だにレトロな我が家のポットは頭をぎゅうと押さえられて苦しそうに湯を吐き出す。マグカップから立つ湯気が、蛍光灯の明かりに揺れる。

 小さな手は、水滴で滑らないようにきちんと両方でコップを掴んで麦茶を口へ運んでいる。唇へと滑り落ちる氷が邪魔そうに見えた。机に置いたときにからんと音をたてたのでそちらを見やると、こちらをまじまじと見つめていたらしいナルトの碧の目に捕まった。白の明かりを綺麗に反射して艶めくそれは昔必死になって集めたビー玉みたいにも、高そうな宝石みたいにも見えた。

「シカマル、」

 たどたどしく、それでもきちんと名を呼んだあと、ナルトの身長にしては脚の高い椅子から器用に滑り降りて、何故か迷いなくひとつの引き出しを選んで何かを取り出す。小さな手に隠れきらないそれを俺のマグカップの横に差し出してぱっと開いたと思えばこつん、こつんと跳ね返る音とピンクや黄色の包み紙の角砂糖たちが五つ六つ散らばる。背伸びをして、真剣な顔付きで包みを開く幼い指先はどこか不器用だった。やっとひとつを取り出して、なにも言わずに俺のブラックコーヒーの中へ放り込まれた角砂糖は一瞬で黒に溶ける。

「とうちゃんも、」

「うん?」

「シカマルみたいにつかれた顔のときがあって、」

「ああ、うん。」

「ほいくえんの先生が、」

「うん、」

「“つかれたときは甘いもの”って教えてくれたんだってば」

 やっと頬を緩めていつも通りの笑顔がこちらを見ている。「これでシカマルも元気になるってばよ」どこか得意気な声に、つられてこちらも顔が緩んだ気がした。包みを開くことに少し慣れたらしいナルトはあとふたつをマグカップに入れたあと、残りをはいと手渡して「これは明日のぶん」と言い、「どようびはおやすみってヨシノさんが言ってた」と、親指と人差し指を折り曲げて日にちを数えている。「そう。明日行ったら休みだから、」そこまで告げるとぱっとこちらへ振り返ってきらきらした目に期待が滲んでいる。

「どっか、行きたいとこあんのか?」

「どこでも連れてってくれる?」

「今日はもう寝て、明日までに考えついたらな」

 真っ直ぐの目でこくんと頷いたあと、にっこり笑って「おやすみっ」と、置き去りになった挨拶に返す間もなくぱたぱたと行ってしまった小さな背中。ぐんと伸びをしたあと、ラップをし直し冷えた煮物を温めることにした。しっかり食べて、しっかり眠って、体力を持たせておかないと。疲れてなんていられない土曜日はもうすぐそこにせまっている。





そして角砂糖を三つ



素敵な企画さまに提出いたします
謎の現パロで申し訳ないです
チマナル初めて書いたので不安ですが
ここまでお付き合い頂きありがとうございます

はなちる*ちとせ





はなちる

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