A strange paradox
※書きかけ注意!冒頭(?)と最後に言い訳(??)を添えてお送りします




「またこのクエかよ…」
ある日の正午過ぎ、火竜の紅色の装備を身に纏った剣士が一人、ぼやいていた。
手にもった羊皮紙を手の動きに合わせてひらひらと揺らしながら、集会場の奥にある掲示板まで歩を進める。
ドッ
腹いせに、画鋲替わりのナイフに力を込めて依頼書をはりだすと、踵を返して今来たばかりの集会場を出ていった。



PARADOX.1

Love them anyway. -Ash-



しゃ・・・しゃ・・・
開け放たれた窓から吹き込む春の風に、真っ赤な自身の髪が揺れる。
床にあぐらをかき、背をベッドの側面にあずけた姿勢で、膝の上に得物を載せ、刃の先端部分に慎重に砥石を滑らせる。
一メートルをゆうに超える長い刃と、分厚い刀身を持つ大剣という武器は、無骨な見かけによらず扱いが難しい。
同じ『剣』として分類される片手剣や双剣、太刀などといったものよりも遥かに重く、圧倒的な破壊力と引き換えにその機動力は並みである。
一撃一撃の重要性はもちろん、ガードか、回避か、相殺か…様々な選択肢から最善を選び抜かなければ、後に待つのは唯一つ。死、だ。
ハンターであるならば、誰でもその存在を傍らに感じるものだが、一般人となれば、話は別だ。

ふー、と長く息を吐くと、指先でつまめる程に磨り減った砥石を、開け放った窓から捨てようと構えて、やめた。

「・・・Aqua、どうした?」
「砥石、外に捨てようとしたでしょう。何回言ったら止めるのかしら?」
「別に・・・捨てようとなんて、してない。」
「嘘。そういうのは投げようとする格好のまま言う事じゃないわよ。」
「・・・スミマセン。」
「分かればよろしい。」

お茶にしましょう、と微笑むと、コップを二つと可愛らしい焼き菓子の乗った皿を運び込んできた。

「悪いな。手入れの邪魔になってたから、片しちまったんだ。」
普段は部屋の一部としてこのスペースに陣取っている小さなテーブルの事なのは、言わなくてもわかるだろう。
大剣を手に立ち上がって、窓際の壁に立てかける。
「いいわよ、別に。明日辺りに予定でも?」
「ああ、またあの坊っちゃんだよ。」
向かいに座ると、焼き菓子を一つつまむ。うん、旨い。
Aquaは一度考える仕草をすると、ああ、あの、と呟いてコップに口を付ける。

『あの』坊っちゃんとは、ここ半年ほどハンターたちの話題になっている生粋のおぼっちゃまの事で、
明日に控えた狩りの依頼主は、その坊っちゃんの執事・・・通称、“胃痛持ちの執事”だ。
月に一回くらいのペースで、ハンターでもない“坊っちゃん”が人目を偲んで狩場に赴き、良いとこのお嬢様との逢瀬を重ねる…のではなく、ハンターの真似事をするのだ。
「懲りないわね。」
「まったくだ。」
そう言って口をつけた紅茶は思いの外ぬるく、作業を邪魔しないために待っていてくれたことが窺えた。
一人、紅茶を通して恋人の心遣いに痛み入っていると、それで、とAquaの口が動く。

「今回は何処に出掛けるつもりなの?ま、火山、雪山、砂漠の三つは何時までたっても無理でしょうけど。」
「沼地や樹海も無理だろうな。毒漬けになるかも知れないし、迷子になって出て来れなくなるかも。」
「執事さんは分かった時点で全力で阻止するでしょうね。」
「今までもそうしてくれりゃ良かったんだけどな。何で態々金をつぎ込んで、安全にした狩場に行かせるんだか。」

「その執事さんにも何か考えがあるのよ。多分ね。」
「考えって、例えば?」
「・・・さぁ?」

何か感づいているような返答が気になるけれど、多分教えてもらえないので自分で考えることにする。

焼き菓子に手を伸ばしたとき、Aquaの口に一粒だけ小さなカケラが付いているのを見つけたが、お返しに教えてやらない事にする。いつ気づくだろうか。
「火山、雪山、砂漠、沼地、樹海・・・ってことは、いつも通りに森丘ね。」
「区画としては、だがな。万が一竜の巣に近いところに行ったりしたら一大事ってとこだ。」
「今はイャンクックの繁殖期だったわね・・・一人で大丈夫?」
「これでも一応G級を名乗ってるんだけど?・・・まぁ、数頭同時は流石に危険だろうから、クエストボードに掲示しておいた。Aquaは来てくれるのか?」
「ん〜、ごめんね。明日はSakuraと一緒に隣村まで行かなくちゃいけないから。」
「そっか。春先は特に、足元に注意して歩けよ。何年たっても雪解けの時期は危険だからな。」
もちろん、と笑ってみせるAquaはもう紅茶を飲み終えたのか、コップを床に置き、先程まで俺が研いでいた大剣を見やる。

「Ahsも、ちゃんと気を付けて、その上で頑張ってね。」
「おう・・・俺って、そんなに危なっかしいか?」
「あら、そんなことないわよ。」
言いながら、Aquaは入ってきた時と同じようにコップと皿を持つと、部屋から出ていった。
静かにドアが閉まっていくのを見たあと、少し大きめの声で、一言。
「口の端についてるぞ、Aqua。」
一瞬の間のあと、パタパタと駆けていく音が聞こえた。


早朝。

集会上の掲示板前には紅色の剣士が一人、掲示された幾つかの紙の一つを見、右手で前髪をくしゃりと握りつつ盛大な溜息をついていた。
美貌を歪め、落胆を露わにしているその表情は、異性が見れば声をかけたい衝動に駆られるだろうが、
生憎この日のその時、職務のためにカウンターに並ぶ者意外に女性はいなかった。
最も、彼をよく知る者たちは、今の格好を一目見れば“ちゅうに”と表現するだろうが。

「なんで誰も居ねぇんだよ・・・」

またもや溜息がでる。

ふと、溜息をつくと幸せが逃げるなんて言葉があったなと思う。
最近、溜息をしすぎだとは自分でも思うが…今自分に必要なのは小さな幸せよりも、僅かな運だ。
(少しくらい逃げていってくれて構わないから、運を呼んで欲しい・・・)
その二つがほぼイコール関係にあると気づいた時点で、無理な話なのだけれども。
今回の依頼の明細を貰うべくカウンターへ赴く。

受注の証明のサインと引き換えに貰った数枚の書類には、今まで見てきたのと大差ない文面がずらり。

通称“胃痛持ちの執事”さんからのこの依頼は、これで6回目程だろうか。
気苦労から来る胃潰瘍なのか、純粋に胃が弱いのか、変なものでも食わされているのか…どれかは判らないし、正直どうでもいい事だ。
ただ、この執事さんが仕えている人の息子…これが『あの』坊っちゃんな訳だが、彼の行動力には、呆れを通り越して何か感心できる物がある。

ハンター装備一式に、様々な低級の武器。
チーフククリ、ハンターボウ、骨・・・
重量系が無いのは、腕の筋肉の限界があるからだろう。

依頼の通りにエリアを徘徊する中型、大型モンスターを一掃した後は、必ず坊っちゃんの様子を見るようにしている。
実は、これが中々面白いのだ。
ケルビのステップに惑わされて尻餅を付き、ランゴスタに追われた先でカンタロスに躓き転倒、時たま水辺に現れる大食いマグロの影を目にすれば奇声を上げて飛びすさる。
初めてこの依頼を受けたとき、その姿を見て呆気にとられたのを今も覚えているが、同時に本物の駆け出しハンターだった頃はあんな感じだったかなとも思っていた。

(いや、あんなに酷くは無かったか)

思っていたが、どうにも、進歩がないのだ。あの坊っちゃんは。
めげないというのは素晴らしい事だが、ここまで来れば諦めが悪いの一言に尽きる。
仮に執事さんが健康な人だとしても、胃痛の一つや二つ起こして当然だろう。

「いい加減諦めた方が良いんじゃねぇのか・・・?」
ちゃぷんと爽やかな緑色が揺れる瓶をポーチへと運び、同時に砥石の数を確認する。
「・・・よし。行くか。」
長椅子から腰を上げると同時に、防具の接合部分がガチャリと音を立てる。
今日はどんな奇行を見せてくれるのだろう。
鼻歌でも歌いそうな自分に気がつき、アホか、と戒めの言葉を吐く。
さぁ、狩りの時間だ。


麦わら帽子のつばの様に広がった耳に、クリーム色のしゃくれた嘴。
鳥の足に小ぶりな竜の翼と細い尾。
全体的に暖色の、何処か親しみやすい容貌を持った鳥竜種のイャンクックこと先生が其処に居た。
それなりの年月を生きた個体らしく、その立ち姿は堂々たるものだった。

(堂々としていようが何だろうが、こっちは生き残るために奇襲を仕掛けるんだけどな。)

狙うは、その体を支える二本の足。

どちらかを集中的に攻撃すれば、自重の負荷も相まって、より有利に事を運べるだろう。
走れる限界の低さまで腰を落とし、片手を背中の大剣に、もう一方を三本目の足のように地面に添える。
す、はー、と呼吸を整え、隠れていた叢から飛び出し、目の前のターゲットへ向かって駆け出す。

――!?

猛然と駆けてくる紅い影にイャンクックが反応。
鳥の足を動かし、素早い動きで影の方向へ向くも、最早手遅れ。
ふっ、と詰めていた息を鋭く吐きながら、人間大の剣が抜刀と同時に降り下ろされる。

――ギャァァァァアアア!
「おっしゃ!」

足の付け根への一撃が、振り向いてくれたおかげで顔面直撃となった。
元々の狙いが足だった為打点を低く取っていたが、抜刀直後の高さで届いたようだった。
最初の一撃により、イャンクックの顔には目の下から嘴にかけて細い朱線が引かれていた。
首を振り、自らの血を鬱陶しそうに払いのけると同時に、嘴での攻撃を繰り出す。
少しだけ反応が遅れたため、抉るような角度からの嘴に大剣がくわえられた。
そのまま、刃の部分が立派なそれを傷つけるのも厭わず、彼は頭部を大きく振り上げる。

(っ、離すか、よ!)
ぶわ、防具の重量を超える力に落下するような浮遊感に襲われる。
ベキッと思わず顔を顰めたくなるような音で、嘴から大剣が開放されたことに気づく。
大剣を掴んだ両手を足を振り下ろす事で最上部に掲げると、本来なら着地の衝撃を和らげるために行う屈伸運動を振り下ろす動力にする。
首を捉えた大剣が、ガ、と表面の鱗を穿ち、次いで内側の皮と筋肉を切り裂く。

――ギァアアァアァァアア!!

欠けた嘴をめいっぱいに開き、痛々しい叫びを上げる。
大剣を引き抜く。引きずられるようにして零れる赤い血が滴る。
平衡感覚を失ったのか、こちら側に倒れる竜の体。
骨に阻まれたため、半ばで斬撃が止まってしまったとはいえ、首をやられたのだ。
竜の回復能力をもってしても、まず間違いなく、致命傷だろう。
残る生命を使い、体の下敷きになっていない方の翼を小さくはためかせる。

「・・・・・・」

ぱくぱくと開閉を繰り返す嘴からは、何の音も聞こえない。
刃を上にして、担ぐように構えた大剣に力を貯める。
「・・・終わりだ。」
骨を砕き、反対側の鱗まで一気に抜ける刃は、地面に先端をのめり込ませて停止。
同時にイャンクックの生命活動も、完全に停止した。
瞼を閉じ、音のない最後を迎えた彼に黙祷する。

ガサ・・・

突如、傍らの茂みが揺れる。

「お、ぃ!そこの、ハンター!」

転がるように出てきたのは、下位装備に身を包み、本来の物より少しこぶりな骨のハンマーを携えた青年。
それも、ものすごく、見覚えのある奴。

「・・・誰だ。ハンターをやっているなら、他人に狩り終りの時間を邪魔されることほど、嫌なことはないと知っているはずだが?」

「誰だ、だと!?この高貴なる私を知らぬと申すか!そして、人に名を聞くときは自らがまず名乗るものだろう!何より、邪魔とはなんだ!」

自分が言うのもアレだが、何だ、その・・・凄く、喧しいんだが。

「なんだも何も、邪魔なもんは邪魔なんだよ。それにお前、下位ハンターだろ。」

それも新米のな、と意地悪く笑ってやると、青年は顔に真っ赤にしながら、ワナワナと震える口でなおも騒ぎ立てる。




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これは4000字超だったか・・・?
書き途中ですが、走り書きの使用方法を模索してのことですので…
いずれ続きを書きたいと思っています。

“A strange paradox.(奇妙な逆説)”の題材とさせていただいたのは、
Kent M. Keith(ケント・M・キース)氏による『逆説の十戒』。
今回はこの十戒の一つ目を元に、Ashさんの話を書こうとしています。

 People are illogical, unreasonable, and self-centered.
 Love them anyway.
 (人は不合理で、わからず屋で、わがままだ。それでも、人を、愛そうじゃないか。)

和訳は、(自力訳ですので)正確ではないです・・・

その十の戒めから9人にもっとも似合う(?)ものを選んで、
一人ずつのお話を書きたいなー、と、思ったわけです。
興味がありましたら、是非調べてみて下さい。
素晴らしいですよ。


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