月光に落ちる影 3




ぐじゅ・・・ぐじゅ・・・

疎らに生えている草とその下の泥を踏む度に、嫌な音が洞窟に響く。

ベースキャンプの辺りを歩いていたときは感じなかった足裏の感触と湿った空気の臭いに、日中の天気は雨だった事が解る。
直接雨が降り注がない此処がこれだけ湿っているとなると、結構な雨だったのだろう。
天井の岩の裂け目から伺う空は雲ひとつなく、細く裂けたような形の穴からほんの少しだけ顔を覗かせる月は、ほんの一部しか見えていないにもかかわらず眩しいと思えるほどだった。

「・・・・・・」

目を閉じて意識を集中させる。
鷹見のピアスは、例え使用者の意識が戦闘に向けられていようともその効力を発揮する。
(反応・・・ナシ、か。)
それぞれのエリアで一回ずつ、こうして試してみたが、今のところ反応するものはない。

異変の元凶と考えられる黒い竜は毎晩現れる。

今日はたまたま居ない・・・なんて都合のいい事は考えられない。
Mr.の情報が誤っているのか、自分の感覚が鈍っているのか・・・まぁ、当然後者の可能性が高いわけだが。
(このまま、次のエリアにも居なければそのまま直帰・・・でいいんだよね。)
入ってきた方向とは逆の方向にある岩の裂け目が造った通路を見る。
静かに草を揺らし、水溜まりを僅かに波立たせながら吹く風は、泥の匂いを流してくれる。
しかし、その野性的な夜風に気持ちいいという感情は起きず、小さく身震いする。
次のエリアに何も居なければ・・・とは言ったものの、そのエリアは最深部と呼ばれる所で、迅竜などはそのエリアに好んで居ることが多い。
(それに月見をするならそこが一番いいだろうし?)
緊張をほぐそうと冗談を言っても、それに反応して逐一騒ぎ立てる仲間が居ないと意味が無いだろうと思い、心の中で呟けば、余計に握った手に力が入ったようだった。

ひゅぅ、と音を立てて吹いた風に急かされるように一歩を踏み出す。

ぐじゅ・・・
再び泥を踏んで沈む足の感覚に顔を歪ませながら、Rikuは最深部へと進んでいった。



洞窟を抜け出した先には息を呑む光景が広がっていた。
未だ露の乾ききらぬ草花が夜風に揺れ、二本の古木の間に浮かぶ月の青白い光を乱反射していた。
その美しさに見とれていたのも束の間で、すぐにかの竜が居ないだろうかと当たりを見回す。

「っ・・・」

ひゅ、と喉が音を立てた事にRikuは気づかなかった。
否、気づけなかったのだ。

木と木が絡み合って出来た舞台の様な其処に鎮座し月を眺めるその竜は、彼が今まで見てきたどの竜よりも大きく、美しかった。
鱗ではなく毛で覆われた黒い体は月光を受け青みを帯び、鋭利な翼の切っ先はまるで太刀のように銀色に輝いていた。
巨大な体躯に比べて小さめの頭が緩慢な動作で此方へ向けられるのが、Rikuにはコマ送りの映像のように見えた。

――――――逃げなければ

この闇色の竜の相手をするのは不可能であると、本能が大音量の警鐘を鳴らす。
しかし、“逃げよう”と思えば思う程その姿に心奪われ、“恐い”と感じる度に闘争心が膨れ上がる。
見たことも感じたこともない絶対的な力を前に、何処か酔ったような感覚すら覚えた。

竜の目が己を完全に捉えたと感じたときには、Rikuは弓に矢をつがえ、放っていた。


最初の矢は、爪を僅かに掠っただけだったが、ナルガクルガの戦意を煽るのには十分だった。
舞台から舞い降りた竜は頭を高くもたげると、どこか遠くへ向かって一声上げた。
赤く縁どられた双眸は、次の瞬間には赤色の残像を残しながら高く跳躍した。
向かっていくような形で翼の斬撃を逃れると、振り向きざまに矢を放つ。
後頭部を狙った矢は、翼の付け根に突き刺さる。
(くそっ・・・)
早い段階で目を潰したほうが良いだろうと判断し、長く刺々しい尻尾から距離を取ると次の矢を準備しながら、振り向くのを待つ。

弓を引き絞りながら次の行動を待っていると、ナルガクルガは振り向かずにもう一回跳躍し、頭をこちらに向けて地に降りた。
(届かない・・・)
距離からして無理だと理解すると同時に、矢を弓から外し握り直す。

Rikuが距離を保って移動し続けていると、ナルガクルガは矢が刺さった腕を鬱陶しそうに振るっていた。
すると、しっかりと突き刺さったはずの矢が、力なく抜け落ちていった。

それに驚いていれば、長い尻尾をすっと伸ばし、前傾姿勢をとった姿に反応するのが遅れた。
「いっ・・・・・・」
襲いかかってくる風に動きを止められ、向かってきた竜に吹っ飛ばされるまで、一瞬の出来事だった。
網状のうすっぺらい防具に包まれた胴が、じくじくと痛みを持つ。
(真っ二つになってないって事は、殴られたか・・・)
痛む部分に手を当てても、刃翼でやられた形跡はない。

ナルガクルガは獲物が立ち止まったのを好機とばかりに跳躍を繰り返し、攻撃を繰り返し、Rikuを翻弄する。

「デカイ癖して俊敏とかっ・・・マジ反則でしょっ!」
ひゅんと風を裂いて飛んでいく矢は、中々当たらない・・・しかも、あたっても深く刺さることは無いらしく、跳躍の合間に残骸となって落ちていくのが見える。
一方、Rikuの体には打ち付けた跡に加えて細かい傷が増えていき、微かに血の臭いを漂わせるようになってきている。

ガァアアアアアッ!!!

鋭い咆哮は一瞬で、次に見えたのは迫る銀の刃。

「くそっ・・・」
一か八か。
無傷の右足に力を込めて、ナルガクルガの上へと跳躍する。
着地寸前だった竜は勢いをそのままにRikuの予測の場所に降り立つ。
そしてその上から、Rikuは渾身の踵落としを片方の銀の刃へと決めた。
銀の刃が欠け飛び散っていく様は、キラキラと輝くガラスの破片のようだった。

ギャァアアァアアア!?!?

まさか上から痛みが降ってこようとは思わなかったのか、ナルガクルガは悲鳴に近い声を出すとバランスを崩し、倒れてしまった。
同じく、踵落としが決まるとは思ってもいなかったRikuは、確かな手応えに口の端を歪めつつ転がるようにして着地した。
(今のうちにっ・・・)
体制を立て直そうとするナルガクルガを背にアイテムポーチに手をやり、丸いモノを取り出すと、ヒュンッと見当違いの方向へ投げた。

バッ、と小さな炸裂音を伴って割れたそれは、凄まじい閃光を当たりにまき散らした。

ッ―――――――――!!!

最早音になりすらしない叫びを聞き、振り返れば、Rikuの本来の予想とは違う形で目を潰された竜がもがき苦しんでいた。
(これを逃したら終り・・・だろうな)
チャンスではあるが目を潰されると暴れだす傾向にあるナルガクルガに油断は禁物。
ギリ・・・再びつがえた矢を力強く引き絞り、間を詰めながら今まさに暴れ出そうとしているそれの喉元を狙う。
(今だっ――――)
腕に限界が来た頃、Rikuは放つべき瞬間を捉えた。
が、それと同時に、辺りにオレンジ色の木漏れ日が差した。
そしてゴォという音と共に、ついさっきまでRikuが居た辺りに巨大な火球が落ちてきた。
すぐ近くにそびえていた木は根元から薙ぎ倒され、炎の肥しとなった。

「なにがっ・・・」

弓を下ろして上を見上げれば、深緑の天井には大きな穴が開き、その縁は少しずつ火に侵食され徐々に穴を大きくしていた。

体制を立て直したのに、何故か、暴れずにじっと佇んでいる迅竜を警戒しつつ、ぽっかりと空いた穴から追撃がこないかと見ている時だった。
はらはらと降る火の粉を纏って、赤い竜が・・・火竜・リオレウスが降りてきた。
(なんで火竜が樹海にっ・・・)
翼の起こす風圧に巻き上げられた木の葉や小枝から目を守ろうと、顔の前に腕を掲げていると、
リオレウスの着地と同時に、また別の方向にもう一体の竜がバキバキと絡まった木々を突き破って落ちてきた。
(っ・・・嘘だろっ!?)

現れたのは限界サイズを超える巨体の迅竜と火竜の二体よりも更に巨大な竜。
Rikuの後ろで小さく爆ぜながら燃え続ける炎に照らされた体には、オレンジと水色の縞模様。
その姿はまさしく、絶対強者と名高い・・・轟竜・ティガレックスのものだった。


(四面楚歌・・・なんてレベルじゃ無いんだけど?)
まさに絶体絶命の危機に、ははっ、と乾いた笑いが零れる。

正面には轟竜。

右には迅竜。

左には火竜。

唯一何もいない後ろでは、火球で薙ぎ倒された木がメラメラと燃えている。
(雨が降ったあとのくせに何で燃えてんだよっ・・・)
火竜の火は並みの威力ではないため当たり前ではあるが、文句の一つや二つくらい許して欲しい。
(くそっ・・・どうすれば)
今手元にある弓は拡散弓ではないので、複数の相手を牽制しながら逃げるのは無理だ。
SEVENのお守りに習って持ち込んだ閃光玉は、ナルガクルガの目潰しに使ってしまったし、
もう一つ、音爆弾を持ってきてはいるが、相手が相手なために効果は期待できない・・・。

(でも、やってみるしかないよなぁ!)

粉塵の上に鎮座している球状の物を握り、振りかぶり、

ガアアアアアアアアアアア!!!!!!

「っ―――――!!!」

投げるまであと少しだったが、頭が割れるような轟音に耳を塞ぎ、目を閉じ、歯を食いしばり、膝を折って耐えることになった。
痛みに涙が滲みそうになった時だった。



「コラ、うるさいぞ。ティガレックス。」


轟音にかき消されてもおかしくないような小さな音が、貫かれるような鋭い痛みと共に届いた。




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