17時―22時・・・Kaya・・・


電車とバスを乗り継いで3時間弱、そっからまたバスで向かった先は、例の釣堀。
既に薄暗くなっているのだが、月もアディも携帯は濡れてしまって使えないだろうし、今どこにいるのか分からないから、神楽と一緒にとりあえず、ということで来てみた。

野次馬がいくらか集まっていて、その中心辺りで、釣堀の周りを囲うフェンスに大穴が開いているのを見つけた。


「これ…だな」

「そうだね。ていうかフェンスって結構脆いんだね」

「さぁな、スピードだとか運だとか、そういうのもあんじゃねぇの」

「なるほど、っと…神夜、そこ気ぃつけて、段差だ」

「ん、了解」


何故だか運よく警察はいなかったらしく、まぁ野次馬の皆さんは唖然としていたが、するりと中に入ることが出来た。

フェンスをくぐって中に入ると、入口の建物からすぐのところに釣堀があるらしく、ずいぶんと水が飛んでいた。
それを辿るように奥へ進むと、水が半分くらい減っている釣堀、そこに突っ込んでいるバス、散らばっている鉄の破片っぽいもの…が目に映った。
炎上とかそういうことはなかったらしい、運の良い奴らだよなぁ、全く。

ざっと見回してみたが、辺りに人影はない。
バスの方まで行った神楽は、すぐに戻ってきた。


「やっぱ誰もいなかったよ。警察かな?」

「にしちゃあこの辺りにはいねーよな…なんかおかしいぞ」

「…無事、だとは思うんだけど…」


神楽と顔を見合わせる。
どうしようもない違和感が俺達を包んだ。


「とりあえず、寮に戻ってみよう」

「え?」

「もしかしたら、そこにいるかもしれないでしょ」

「…そう、だな」


神楽が本気で言っているのかどうかは分からないが、ここに誰もいない以上、そうする他ない。
もう一度ぐるりと辺りを見回してから、神楽と共に外へ出た。



------



寮に戻っても、何かが騒ぎになっている様子はなかった。
普通の。
まったく普通の、夜の寮だ。


「…普通だね」

「ああ」


神楽も同じことを思っていたらしい。
ぽつりと呟き、珍しくもため息をついていた。

どこへ行ったんだ。
あそこにいなかったということは、とりあえず動けるんだろう。
血が落ちていた様子もなかったが…いかんせん明るくはなかったので、コンクリートを濡らすものが水だったのか血だったのか、確実にどうとは言えない。

お互い無言で歩いているうちに、自分達の部屋に着いた。
気持ちも身体も重苦しいが、一度お茶でも飲んで落ち着くのも良いかもしれない。
そう思って、ドアを開けた。


「「ハッピーバースデー!」」
パァン!!


その瞬間、響いた声と音。
俺も神楽も驚き、何かを認識する前に硬直した。
それから、頭が働き始めた。
ええと、まず、なんだ今のは?

まばたきを2回、よく見なくても、目の前、つまり俺達の部屋の中で満面の笑みでクラッカーを持っているのは月とアディだった。


「…えっ?」


先に声を発したのは神楽だ。
俺は今だ硬直中。というか、状況が飲み込めない。…状況が飲み込めていないのは、神楽も一緒の様だが。


「もう、何よーその顔」

「まぁ、びっくりはするだろうけどさ。俺達、この通り、無事だよ」

「あぁ、そうそう、両方とも無傷なの。ま、びしょ濡れにはなったけれどね」

「そんな訳で、先回りして君達をお祝いしようと思ったんだ」

「警察に内緒にしてって言うの苦労したわよ。あの仕事馬鹿、捜査なんて明日でもいいわよね」

「月が頑張ったんだよ。だから、あそこに野次馬しかいなかったでしょ?」


分かった?
と言って笑うアディ。

分かっ、た、というか、…ああ、分かった、今やっと。
そうか。
俺達の心配は、杞憂に終わったのか。
終わってくれたのか。


「「はー……」」


安堵のため息、もちろん神楽からも。
月とアディは訳が分からなそうな顔だが、俺と神楽は笑顔だ。


「あー…きみ達って、最高だよ」

「本当にな。ちょっとは退屈もさせてくれっての」

「退屈なんて、どーせ10秒で音をあげるでしょ?」

「俺達みたいな友達を持って感謝してほしいくらいだよ」


軽口を叩きながら部屋に入ると、軽く装飾(カーテンにリボンがついてたり、テーブルに花が飾られたり)されていた。
更にテーブルの上には小さな丸い形のケーキが2つ置かれており、蝋燭は刺さっていなかったが、日付が書かれたチョコレートのプレートが乗っていた。


「へぇ、すげぇな…」

「でっしょー?短時間で頑張ったんだから!」

「そのケーキは月が用意してくれたんだよ。俺は飾り付けとか、そんなん」

「アディ、きみって結構センスあるんだね」


神楽と一緒に感嘆しながら、部屋の中を見回す。
幾分明るくなったように見える部屋は、すこし眩しい気もするが、嫌な心地はまったくしなかった。


「それからね、誕生日といえば!」

「プレゼント!だよっ」


俺はアディから、神楽は月から渡された箱。
俺のありがとう、という声は神楽のサンキュー!!という声に被せられた。…まぁ、いいけどな…。


「開けて開けて!」

「ん、ああ」

「神夜ー!見て見てこれ!かっこいい!」

「ん?」


アディに急かされ、自分の箱を開封しながら神楽の方を見遣る。
その手にぶら下げられていたのは、ネックレスだった。
トゲトゲした葉っぱ?に、丸い飾り…実?


「柊…」


思わず、そう呟いた。
柊 神楽、だから柊。
じゃあ、俺のは…


「、椿だ」


椿の花のネックレス。
素直に可愛くて、綺麗だと思った。…まぁ、俺男だけどな…誕生日に花のモチーフのアクセサリーを貰ったのは生涯で2度目だ。
1度目は、あの時の。


「神夜ー、つけて、これ」

「自分でつけろよ…」

「とか言いながらやってあげるのよね?」

「結構甘やかしタイプだよね、神夜って」

「うるせぇよ!」


ネックレスを手に寄ってきた神楽の後ろにまわって、ネックレスを首にかける。
ちゃり、と音がした。


「ん、できたぞ」

「ありがと!じゃ、俺の番。」

「は?」


いうが早いか、神楽は俺の手からネックレスを取り、俺の身体を後ろに向けて、俺の首にネックレスをかけた。


「…そういうことか」

「そーそー。はい、できたよ」

「ん、さんきゅ」

「神夜、神楽、キッチン借りるわよ」

「紅茶、入れてくるね」

「オッケー」


月とアディは、そう言って簡易キッチンへと入って行った。
神楽がそれに答えて、俺から離れていく。


「…月とアディに、先越されたな」

「初めてだよね、先に言われたの」

「だよなぁ、…ま、いまさらですが」

「まぁ、良いよね、別にさ。せーの、」


誕生日、おめでとう。


綺麗に重なった声、昔からのお決まりの台詞。
それを2人で笑うのも、昔からのことだ。


「お茶が入ったよー」

「さ、2人とも、席について」


月とアディがお茶を持って戻ってきた。
俺と神楽は席につき、2人も俺達に向かい合うように座った。


「あのさ」


こそりと、小さな声で神楽が言う。


「嬉しいし、楽しいよね、こーゆーの」


そう言う神楽の表情は、満面の笑顔だ。
今まで2人きりだった8月5日。
こんなのも、いいかもしれない。

俺は返事はせず、黙ってフォークを手にとった。




HAPPY BIRTHDAY,0805.

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