それは、ある日の昼下がり―…。
かなではいつになく緊張していた。
そのせいか、鼓動が耳と直結しているんじゃないかと思えるくらいドキドキと聞こえて煩いし、喉がカラカラに乾いていた。
手を伸ばせば、気を利かせた芹沢が運んで来たアイスティーを飲むこともできるのだけれど、今のかなでにはできそうになかった。
膝に東金の頭が乗っているせいで。
そう、所謂、膝枕というやつである―…。
「(なんでこんな…)」
中庭のチェアーに座ったかなでは身体を固くさせていた。
どうして、こんな状況になったのかと言えば、東金にお昼を誘われた。
快く承諾したかなでは東金と寮の中庭でお弁当を食べ、満腹感に少しボーっとしていたら、いきなり膝に重みを感じてハッとした。下を見れば、金色に輝く髪がそこにあって。
「と、東金さん!?」
「騒ぐな。眠いから、しばらく膝枕しろ」
…と、かなでの返事も聞かず、千秋は目を瞑ってしまった。
そして現在に至るのだけれど。
「(困る、困るよ…!)」
かなでは泣きそうだった。土岐に膝枕をした時もドキドキしたけれど、東金のはそれの比じゃない。鼓動が早くなりすぎてどうにかなってしまいそうだった。
その理由に心当たりはあるけれど、いつもみたいに会話してくれたら、少しは紛れるかもしれないのに。横になったっきり微動だにしない。
「(本当に寝ちゃった…のかな?)」
眠いとは言っていたけれど。
かなではドキドキする胸を押さえて、様子を窺った。
「(あ…)」
かなでは微かな寝息に気づいた。
寝てしまったことが半分残念で、半分ホッとして、感情に複雑な色を混ぜながら、眠る東金にそろりと手を伸ばさせたのは好奇心。
起きている時には絶対無理だと思いながら、指先が金髪に触れた。
「(うわっ…)」
それは思ったよりも柔らかい髪質だった。しかも癖になりそうな触り心地の良さで。
かなではしばらく指を行ったり来たりさせながら、寝顔を見つめていた。
けれどそれもすぐに止まった。東金の横顔を見ていたら、かなでの胸はきゅんと切なくなった。
東金千秋。この人の俺様な口調に、仕草の一つ一つに…、いや、その全てに、いつもいつも驚かされて、ドキドキさせられて。
「バカ…」
かなではぽつりと呟いて、晒された頬に手を伸ばした。苦しいくらいに胸に秘めた想いが指先から溢れ出す。頬を滑った言葉は六文字。
「…小日向、言いたいことがあるなら口で言え」
「きゃあ!」
かなでは驚いて、思わず悲鳴をあげた。
パチッと東金の瞼が開いて、更にかなでは慌てた。どうみても今起きましたって感じがしなかったのだ。
「と、東金さん!いつから起きて…!」
「最初から」
「じゃ、じゃあ、寝たふりしてたんですか?!」
「寝たふりじゃない。俺はただ目を瞑ってただけだぜ。まあ、小日向がキスの一つでもしてくれたらと期待して目を瞑ったんだが…」
ニヤリと、してやったりな笑いを浮かべられ、まんまと策にハマってしまったかなでは二の句が告げずに口をパクパクさせた。
「それ以上だったかもな」
東金は笑みを消し、身を起こすと、かなでの頬を撫でた。
「言えよ、小日向」
「…っ…」
正面から意思の強さが宿る瞳に見つめられて、かなでの鼓動が大きく跳ねた。
ダメだと、思った。逸らすことができない。かなではこの瞳に見つめられると弱いのだ。
かなでは頬が火照ってゆくのを感じながら、観念したように口を開いた。
「ぁ…、あ…あい…、らぶ、ゆー」
いつの間にこんなに育っていたのだろう。
好きよりも、大好きよりも、もっと大きな気持ち。
恥ずかしさからか、小さな声だったけれど、東金にはちゃんと届いたみたいだ。
「かなで」
いつもとは違う呼び方で、優しい声音で呼ばれ、照れたような笑顔を浮かべられた。
ドキンと、胸を高鳴らせるかなでの額にコツンと額が合わさる。縮まる距離。
鼻先がくっ付きそうな距離で東金の唇が再び動いた。六文字だけ。
"あい、らぶ、ゆー"
「と…東金さん」
頬が更に熱を帯びた。きっと自分は凄く真っ赤なんだろうなと思いながら、額を合わせたまま至近距離で見つめ合うと、瞳の強さに惹かれるように唇を重ねた。
END
企画「君と過ごす夏」様に提出した作品です。
蓬生に膝枕をしてあげたイベントを見た時から、後でさり気なく千秋に自慢してる土岐を妄想してしまって、千秋にも膝枕をしたくなりました。触りたくなりました。
とはいえ、ベタな展開ですみません。
主催者様、素敵な企画に参加させていただいてありがとうございました。
素敵な作品ばかりなので、私が紛れてていいんだろうかって気もしますが、参加できて嬉しかったです。
そして、読んで下さった方もありがとうございました。
少しでもお気に召していただけたら嬉しいです。
10.3.14 悠